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2014年7月29日 3:44 AM

いつか見た悪党

何十年ぶりかで文楽の公演を見てきました。歌舞伎の世界を題材にした女流
作家の小説評を書くことになり、、似たような世界を覗いてみたくなったの
です。知人がチケットを安く手配してくれたのも原因でした。
数年前、書道の同門の三味線の師匠が出演する三味線の大会を聴きに文楽劇
場へいったときは、客席はガラガラでした。今回は土曜日のせいもあって
ほぼ満員。数年前橋下知事が文楽の補助金カットを云いだして物議をかもし
たけど、いろいろ裏の話もあったようです。 東京の文楽座はいつも満員、大阪はやや空席がある程度だそうです。

まあおめでたいかぎりです。

演目は近松門左衛門作の「女殺油地獄」。この話、わたしは学生時代に見た
記憶があります。ストーリーはわすれたけど、油屋の河内屋与兵衛と同じく
油屋の豊島屋の女房お吉が組んず解れつの大乱闘を演じる場面が記憶に残っ
いたのです。与兵衛は短刀でお吉を刺して金を奪おうとし、お吉は商売物の
油入りの桶をつぎつぎに投げつけて必死の抵抗をします。両人とも油まみれ。
格闘はえんえんとつづき、つるりと滑って転んだり,組打ちしたり、逃げるお吉に
与兵衛が襲いかかったり、妙に好色な味のある場面でした。あのシーンを人形が
どう演じるのか大いに楽しみだったのです。
浄瑠璃を語る太夫の声量にはびっくりしました。だが、内容がさっぱり理解
できません。おれは曲りなりにも小説家。日本語がわからんはずはないと高を
くくっていたのが、えらい誤算でした。
幕間に解説用のイヤホンガイドを借りてやっと一安心。ところが舞台の上の壁に薄い
金文字で浄瑠璃の文句があらわれる仕組みになっていました。
オペラでは舞台の左右に日本語訳の文句が縦書きで出るけど、文楽は横書き。
おまけに文字の出る位置が高いので見続けると首が痛くなります。
ともかく「女殺油地獄」は無事進行しました。人形の動きがじつにおもしろ
かったです。人間にはとてもできない動きを楽々とやって面白がらせるあた
り、文楽の真骨頂なのでしょう。
最後の「お逮夜の段」では与兵衛がお縄になり、母親のお沢の息子への愛情
が明らかになるのですが、この段はめったに上演されないとのこと。そうい
われてみるとたしかに余計な感じがしました。
終わって思ったのは、登場人物がとれもこれもわかりやすいということ。与
兵衛は悪者ですが、遊女屋で豪遊し、借金に追われ、金策のためついに人殺
しまでする典型的なワルです。どこにでもいたアホな悪人です。
殺されたお吉も典型的な商家の女将。命がけで店の金を守ろうとします。与兵衛
の義父徳兵衛は気弱な商人、その他の登場人物もすべて型通りの人間
像でした。
なるほどこれは昔の話だなあと思わせる物語でした。既視感があるのです。
この既視感こそが歌舞伎や文楽の特徴なのだと思います。
歌舞伎も文楽も日本古来の良きものをふんだんに伝えています。「日本の昔」
がきっちりと箱におさめられて保存されている印象です。これだけの洗練、これ
だけの物語性、音楽性を保有する舞台は世界でも稀なはずです。
わたしは若いころけっこう歌舞伎、文楽に関心がありました。しかし、途中で
クラシック音楽に方向転換しました。
その理由は敗戦のショックで「日本なんかすべてダメ」と思い込んだ向きも
あります。しかし根本的には歌舞伎や文楽の既視感に飽き足りなかったのが
大きかったようです。たとえば河内屋与兵衛。あまりに典型的なワルです。
放蕩のはて身を持ち崩し、犯罪者になる。こんなタイプのワルは昔からの標
準的な悪党です。
不忠者、裏切り者、使い込み犯。強盗、盗賊。彼らは昔から物語にうんざり
するほど登場しました。しかし恨みもない人を刺し殺したり、轢き殺したりする
現代の若い殺人者は歌舞伎や文楽に出てきません。大きな金融犯罪者とか
最近では同級生の女生徒を刺殺した長崎の女子高校生など、江戸時代の
犯罪者にはありえないタイプです。
そのへんが物足りなくてわたしは「昔」から離れたようです。今回文楽を見
てそれがよくわかりました。
でも一面では「人間なんてそんなに変わるものじゃない」という思いもあります。
鎌倉時代などを調べているとそんな気持ちになるのです。たぶんそのほうが
正しいのであって、一見わけがわからない現代の殺人犯も一皮むけば、むかし
の悪漢と似たような動機で人を殺すのではないですかね。孤独とか下積みの苦労

とか嫉妬とか希望の欠如とか、新しい衣装をこらしただけで、現代人も昔の人と同じ

動機で罪を犯すのかもしれません。
わたしはあと何年生きられるかわからないけど、わが人生を思い返してみると
よくもまあ犯罪者にならずに今日まできたと思わざるを得ません。
放蕩,借金、返済に困って犯罪。河内屋与兵衛と同じコースをたどった可能性
はまことに大きい。歌舞伎、文楽の既視感は多分そのせいでしょう。
ひょっとしてわたしがなった可能性のある悪党をイメージして書いたら、存外の傑作
になるかもしれません。新しいタイプの痴漢だったりして。でもまあ、そんなのは書かず

に済ませたいものです。

におきたいのが本音ですが。