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2014年9月16日 3:16 AM

いろいろいるぜ朝日記者

朝日新聞がいま袋叩きされています。一つは従軍慰安婦について吉田清治なる
人物の告白本を朝日がとりあげ、韓国の反日活動の根拠をあたえたこと。しかも
最近まで32年間誤報を訂正せず、読者への謝罪もなかったこと、もう一つは
福島第一原発の元所長、吉田昌郎氏の事故調書をめぐる誤報事件。ほかにも週刊
誌の広告掲載拒否や池上彰氏の原稿掲載拒否など、叩かれ放題です。週刊誌には
問題記者の実名が公表され、責任を追及される始末。日本の代表的クォリティペ
-パーの面目も形なしです。要するに朝日は高級紙たる誇りを過剰にもちすぎたの
だとわたしは思うのです。
わたしも大学を出て新聞記者になりたいと思っていました。けど朝日新聞の入社
試験は300倍からの高率(いまとなってはこれもマユツバですが)とても合格
の自信がないので、最初から受けませんでした。合格者はバリバリの秀才で人間
的にも立派な若者ばかりだと思っていたのです。
長い人生、わたしには朝日の記者の友人が2人いました。1人はわたしの高校時
の野球仲間で吉田君といいます。出鱈目告白本の吉田清治、福島第一原発の吉田
昌郎氏など関連する吉田姓の人が多いので、変な気になるのですが、友人の吉田
君は現役の最後を系列の秋田テレビの社長で終えました。
もちろん秀才で人当りが良くて人格者で、私の友人には珍しくバランスのとれた
人物です。高校ではわたしの1年下ですが、長じてからもともに夫婦連れでヨー
ロッパ旅行をするなど親しくしています。まだ現役中に夫人を事故でなくしたのが
彼の人生の最大の不幸でしょう。
もう1人の朝日記者はI君です。私は約20年間草野球チームを主宰して60すぎ
まで監督兼選手だったのですが、吉田君がある日野球好きの同僚としてI君をつれ
てきたのです。俊足好打の外野手で、人手不足のおりからよろこんで加入してもら
いました。以後転勤で吉田君はいなくなり、I君も転勤でぬけたりしましたが、ま
た復帰して結局最後まで在籍したのです。
もう2~30年前のことですが、わたしは何度も直木賞の候補になっては落選をくり
返していました。物書きにとって受賞できるかどうかは死活問題です。苦し紛れに
官能物を書いてそれなりに売れたのですが、小説家としては失ったものが多く、いま
は後悔しています。
そのころI君は何度かいっていました。
「アベさんが直木賞とりはったら、おれ、アベさんのこと書きますよ。付き合って
近くにいるのやから」
朝日の社内のことはわからないけど、文化部でなかった彼がそんなことをいうから
コラム風の{素顔}の類のものを書いてくれるのだと思っていました。
50歳をすぎてからわたしはやっと受賞できました。I君がなにか然るべきものを
書いてくれるだろうとわたしは期待していました。
だが、全然その気配がない。さほど楽しみにしているわけでもなかったけど、一応
わたしは訊いて見ました。あの話はどうなったのかねと。
するとI君は薄ら笑いをうかべて、
「だってあのころはアベさんが受賞するなんて思ってなかったから」
と、のたまわったのです。
わたしはムカついたのですが、怒鳴りあげたりしませんでした。代りに軽蔑しました。
ご機嫌取りに心にもない御世辞を言う奴だとわかったからです。二枚舌を使うことが知
れてもそれを恥とも何とも思わない神経に呆れました。朝日新聞にもこんな奴がいるの
かと、高級紙のイメージをわたしは個人的に修正したものです。
今度の朝日誤報騒動を見てわたしはI君を思いだしました。誠実な吉田君が定年前に故
郷へ錦を飾ったのに、I君はあまり出世しなかったようです。
過度のエリート意識から朝日新聞は長年突っ張りすぎて、訂正の時期を誤ったのでしょう。
読者を見くびっていたわけです。I君がわたしに本音を吐いたのも、おそろしく冷ややか
な目でわたしを見ていたせいでしょう。何度も落選して苦し紛れに官能物を書いたのが、
軽蔑すべき物書きだと映ったのかもしれません。
それならそれで、なんで彼はわたしのチームに在籍したのだろうか。適当に心にもないお
世辞を使ってでも野球がやりたかったのでしょうか。まさかそんな企業人らしい気遣いがわ
がチームで必要だとは夢にも思いませんでした。みんな良い奴ばかりだと思っていた。甘か
ったのかなあ。
ひょっとすると朝日新聞は吉田君のような誠実な人が半分、あとの半分はI君のような人物
なのかもしれません。吉田君が功なりとげて定年を終えたのをサスガ朝日とわたしは評価し
ていたのだけれど、偉い人がみんな良い加減らしい点、朝日を高く買ったのは間違いだった
ようです。せめて購読者でなかった幸運を噛みしめるしかありません。
近いうち吉田君には会います。I君には会いたいと思わないが、もし会ったら、従
軍慰安婦問題について訊いてみましょう。
「従軍慰安婦。それ、なんのことですか。おれ、知らんかった」というかもしれません。