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2013年1月22日 2:20 AM

おらもぶったまげた、芥川賞

今回の芥川賞には仰天しました。黒田夏子さん(75歳)の「abさんご」にきまったというではありませんか。しかも受賞作は横書きだそうです。それと知ってわたしはのけぞりました。はずみにむかし秋田の農村の若者の歌っていた下品な歌が口をついて出たくらいです。その歌というのは

おらもぶったまげた、街道のまん中で

女学生徒の立小便ジャージヤー

それを見ていた〇〇の〇〇

雨と間違えて唐笠ぶっさした

というのです。〇〇の〇〇の箇所には適当に人名をいれます。たとえば山田の太郎という具合に。

ニュースを見て「ぶったまげた」のがこの歌につながりました。ともかく仰天すると脳に刷り込まれていたとんでもない歌が出てくるものですね。

ことわっておきますが、わたしはまだ「abさんご」を読んでいません。だから受賞作について感想をのべるつもりはありません。黒田さんの75歳という年齢もありえないことではないと思います。半世紀以上にわたって志を捨てず地道に書いてこられたことに敬意をおぼえます。稼ぎになる小説を臆面もなく書いてきたわたしとしては、一種のコンプレックスを覚えるくらいです。

一番おどろいたのは「abさんご」が横書きで、しかも漢字をあまり使っていないことです。横書きはわたしにはきわめて読みにくい。漢字がすくないとなおさらです。テレビで黒田さんの原稿を見ましたが、いかにも読みにくそうな平仮名がならんでいました。

最初横書きときいたとき、わたしはパソコンで書いたのだろうと思いました。欧米式の横書きがついに文学の世界にもおよんだのか、IT文化の隆盛が日本語を変質させるのかと一人合点で落胆していたのです。ところがパソコンでなく手書きらしい。横書きと、平仮名の優遇には、黒田さんの文芸観の裏づけがあったらしいのです。なにかの必然性があっていまのスタイルを保ってきたようです。

選考委員の評価も高かったらしい。大変な文学的成果だと激賞する人もいたようです。伊達や酔狂で横書きにしたわけではない、横にすすむ文字列によってこれまでなかった効果をあげた作品と委員たちはみとめたのでしょう。

そのむかし石原慎太郎氏が「太陽の季節」で文壇を驚愕させたのを思い出します。以前にも書いたことだけど、男女の絡みを描くには川端康成のような美しく洗練された手法が要るのだとわたしは信じていました。そこへ石原氏が例の「障子破り」の場面によって世間を驚倒かつ納得させました。あれと同じ衝撃を黒田さんは日本文学にもたらしたのかもしれません。

もう一つ、読みにくい文体という点でわたしは野坂昭如さんを連想しました。

「雑誌のページを眺めただけで野坂の文章だとわかるようにするのだ」

と当時野坂さんはいっていました。以後の活躍ぶりは周知のとおりです。

読みやすくする工夫など野坂さんには関係なありませんでした。内容に自信があったからです。黒田さんもたぶんそうだと思います。早く受賞作を読んでみたい。まったく新しい世界を彼女は日本文のために切り開いたのかもしれません。

野坂さんは目下闘病中。なんとか早く回復してほしいと祈るのみです。「abさんご」を読んだらどんな批評をするでしょうか。一番聞いてみたい人です。

黒田さんが高齢であることは、わたしのような年寄りには一種のはげみになります。後期高齢者文学をなんとか生み出したいと思うのです。