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2012年6月25日 4:06 AM

すいません。今年は老人の当たり年

ソフトバンクの小久保裕紀選手(41歳)が6月24日、2000本安打を記録しました。あと一本まできて故障。一ヶ月の休養開け初戦の達成だっただけに歓喜もひとしおだったようです。こっちまでつられてうれしくなりました。
今年は2000本安打の当たり年。ヤクルト宮本愼也(42歳)、日本ハム稲葉篤紀(40歳)につづく3人目の大記録です。三人とも大スターではないけれど、攻守走にバランスのとれた玄人好みの名選手です。それぞれがチームの大黒柱。引退の気配もありません。
野球選手の40歳は、ビジネスマンの70歳に匹敵するでしょう。よほどの節制と絶え間のない精進、研究に支えられて今日に至ったはずです。高齢化社会の華というべきでしょう。わたしはかれらのプレーをみて刺激をうけます。老けこむのは早い。かれらのようにあと2~3年は現役でやらなくては、という気になるのです。
長島茂雄、王貞治、田渕幸一、山本浩二、清原和博らスーパースターはいずれも40歳前に現役を引退しました。小久保、宮本、稲葉のような努力型の選手のほうが、長く現役をつづけられるのかもしれません。小説家として地味な存在であるわたしは、自分に引きつけてうれしがっているのです。
それにつけてもある名選手が引退前にいった言葉が思い出されます。
[野球というもんがやっとわかってきたときは、すでに引退直前です。現役時代にこれを知っていたらなあ、と口惜しくなることが多いですよ」
現在は野球から足を洗ったその選手はしきりに悔やんでいました。
そんなもんかなあ、とわたしはきき流していたのですが、いざ自分が後期高齢者になり、体力の衰えを自覚すると、彼の言葉が妙に身にしみます。小説の書き方がやっとわかってきたときは、賞味期限切れの作家としてめったに書く場をあたえられなくなるのです。
ホームページをつくったのを機に自分の仕事を振り返ってみると、これまでの自分の作品になにが欠けていたかがよくわかります。
40歳になったころ、わたしは夕刊紙やソポーツ紙に官能小説を書き出しました。7回も直木賞に落選して、ともかく売れっ子になろうとしたのです。
これが当ってわたしは多忙になりました。でもまだ直木賞には未練があり、このままで良いのかどうかなやんでいるとき、ある編集者が、
[気にすることはないですよ。商売用と本気物を書き分けていけばいいじゃないですか」
といってくれました。
その言葉にわたしは乗りました。選り好みせずにどんどん注文を引き受けるかたわら、[本気物」も年に何本かは書いていたのです。
ホームページの著書一覧に並べたのはその「本気物」がほとんどです。今読み返してみると、これら「本気物」は重くて息苦しい出来栄えのものが多い。力をいれたわりに評判にならないものが多かったのです。
原因ははっきりしています。おれは単なる官能物の作家ではないぞ、と言う意識が強すぎて、新人のように力み返って書いたからです。読者を楽しませる努力が足りませんでした。娯楽一辺倒の官能物と本気物をうまく中和させるすべを知らなかったのです。
そういうことがわかってくるのは、野球選手と同様引退前なのです。いまなら相当に面白くてタメになる小説が書けそうに思うのですが、あまり声がかからぬことを見ると、わたしの自惚れなのかもしれません。
一言宣伝させてもらうと,最近講談社から出た「われらの再生の日」は小説の書き方が多少わかってからの作品です。支持されるといいんだけれど。
2000本安打の3選手はあと数年は現役で頑張るでしょう。わたしもその気でやっていくつもり。これからが勝負だと思っています。