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2017年1月17日 2:10 AM

それぞれのシアワセ

 それぞれのシアワセ
 年があけて妙に多忙になりました。年をとると身体の方々が故障して病院通いが増え、否応なしに忙しくなります。私の場合、長年の
 糖尿病の検査のため月に一度病院通いするのを基本として、腰痛,ひざ痛、泌尿器などに故障を抱え、歯や眼科にも不定期ながら通院
 必要があり、それでなくても治療に時間を取られます。今回は著作2冊が最終段階にきてアタフタしてるわけです。
 1冊は2人の天才実業家、松下幸之助、井植歳男が協力し合って大成してゆく話です。
 松下幸之助は最初裏長屋の土間を工場にしてソケット製造を開始し、戦後日本の代表的企業である松下電器(現パナソニっク)を作
 り上げた人物です。もう1人の井植歳男は長年松下電器に勤務し、専務で退職、以後、10年そこそこで大企業三洋電機を育て上げた
 偉材なのです。
 じつはこの2人は義兄弟でした。幸之助夫人むめのが歳男のじつの姉だったのです。その縁で幸之助が21歳で勤務先を辞め、ささやか
 な工場を始めたとき、14歳の歳男も実家のある淡路島を出て、義兄の工場へ働きに入ったのです。
 幸之助は自分の制作したソケットの製造に熱中し、歳男は毎日荷車を引いて道修町までソケットの材料の仕入れに出かけました。コーパル
 ゴムや石粉、石綿などを荷車に山積みして引き、車輪が石に乗り上げると梶棒が跳ね上がり、歳男の身体も跳ね上がった。ソケットは全然
 売れず最初は貧困もきわまったが、年末近く扇風機のスタンドに使う部品の注文が舞い込んで当分は凌ぐことができたようです。
 さまざまな困難に屈せず、会社はしだいに大きくなりました。戦争を挟んで従業員数1万五千。子会社数30社以上の大企業に成長したの
 です。傘下には軍の命令で建設した造船会社、飛行機会社もあるが二社とも戦後二人の足を引っ張ることになります。。
 二大天才実業者の本の締めくくりをやってわたしは居間へ出ました。、NHKのクラシック音楽館の時間でした。指揮.D.ジンマンと
 ピアニスト.アンスネスでシューマンのピアノ協奏曲でした。若いころ散々聴いた曲だが、懐かしくてテレビの前に座り込んだのです。
 1楽章、2楽章と聴きすすむうちに、わたしは陶然となりました。松下、井植の両者とも天才実業家で経営については素晴らしい直観の
 持ち主であり執念の持ち主でもありますが、シューマンのこの若々しさ、魂が別世界へ飛んでゆくようなこの境地を味わうことができたか
 どうか。いや、そんな機会を掴もうにも掴める身の上ではなかったと思わざるをえないのです。
 あの二人が幼少のころから丁稚方向や工場の下働きに出たことが、利益の追求に一生を捧げて悔いのない歳月のためにはむしろ役立ったの
 ではないでしょうか。これを云うとビンボー人の僻みだと云われるにきまってますが。
 それにしても演奏家はシアワセですな。何万人を同時に音に縛り付けて感動させられろるのだから。

  • めありぃ

    はじめまして 先生の作品で歪んだ陰画と言う作品を探しているのですが、今現在どの本に収録されていますか?