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2013年7月23日 3:01 PM

なぜか照れるぜ、バンザイ騒ぎ

参院選は予想通り自民党が圧勝。日曜日はクソ暑かったから、投票率の低下はやむを得ないことでした。投票所には若者の姿がほとんどありませんでした。海へでもいってしまったのでしょう。
それでも憲法改正の阻止や脱原発、若者の雇用改善などを訴え、若者にすり寄った共産党がわずかながら議席を増やしました。中国、北朝鮮の脅威のもとでも共産党がのびるのだから、投票者の政治不信はよほど根深いのでしょう。
日曜日の夜はテレビで開票速報を見物しました。選挙結果にさほど違和感はなかってけど、つぎからつぎへ当選者のバンザイ光景が繰り返されるのには閉口しました。支持者と一緒になって当選者がバンザイするのはヘンです。わたしはどうにも納得できませんでした。
気になったのでバンザイの由来を調べてみました。ウイキペディァのによると、バンザイはもともと万歳であり、一万歳の意味。中国の皇帝を祝う叫びなのだそうです。皇帝よ一万才も生きてください、という祈りと祝福をこめた語のようです。
「一万歳生きてください」の叫びに皇帝が加わり、一緒に両手をあげるのは明らかにおかしい。当選者は、だまって頭を下げ感謝の意をあらわすのがホントの作法なのです。
じっさい、「山田太郎君バンザーイ」の声に乗って当選者が一緒に三唱すると、今後6年間けっこうな収入が保証されるのを当人がよろこんでいるとしか見えないのです。わたしのヒガミかもしれないけど、日本の議員報酬は欧米よりも高いそうだし、調査費だの通信費だの余禄も多いみたいだから、あんまり喜ぶなよ、といいたくなる。一緒にバンザイしている支持者たちは、これで一儲けできるというので喜色満面であるように見えます。ほんとに国のためを考えている者は何人いるのかと疑わしくなります。
天皇および大日本帝国の繁栄をことほぐ祝語として万歳が正式に採用されたのは、明治22年だそうです。明治天皇が青山御苑へ向かわれる馬車に向かって、沿道の群衆が叫んだということです。。
わたしも小学校時代はしばしばバンザイをしました。四大節の式典、卒業式、入学式、運動会さらには月ごとの大詔奉戴日など、校長の音頭で「天皇陛下バンザイ」を叫びました。なお、蛇足ながら正しいバンザイの姿は、左右の手をあげたとき両のてのひらが前方を向いているそうです。もっとも子供のころそんな指導をうけたおぼえはないから、てのひらの向きは個人の好き好きだったのでしょう。
東条英機首相のバンザイはカッコよかった。両手を逆八の字にあげ、てのひらは上を向いています。いま写真で確認してもそうなっています。ヤボな軍服姿ながら、なんとかカッコよく見せようとして工夫したらしい。それなりの苦労はあるものです。

印象に残っているのは秋田の農村に疎開してからの出征兵士の見送りでした。
村の若者に召集令状がきます。出征の日、わたしたち小学生は村落の入り口まで日の丸の小旗を手に見送りにゆきました。声をかぎりに合唱したものです。
わが大君に召されたる
生命栄えある朝ぼらけ
たたえて送る一億の
歓呼は高く天をつく
いざ行けつわもの
日本男子!
それから出征兵士が感激に涙して挨拶します。
「××一等兵、ただいま出発いたします。お国のために命を惜しむことなく戦ってまいり ます。本日はお忙しいなか、お見送りをありがとうございます」
その後はバンザイ、バンザイである。××一等兵が一緒にバンザイするなんてありえないことでした。
だが、そのうち終戦となりました。考えてみるとわたしはそれ以後一度もバンザイをしたことがありません。なにかのパーテイで出席者がバンザイをしたことはあったのですが、わたしはできませんでした。なんだか照れ臭かったのです。あの行為には日本を世界一の神国、日本人は世界最優秀民族と信じていた時代の記憶が染みついています。いま、バンザイが行われるのは選挙に当選したときや、「○○君をはげます会」くらいのものでしょう。どちらも政治絡みです。
サッカーのサポーターがやるような自然発生のバンザイは、グラウンド外ではほぼ根絶したと思います。選挙さらに後援会などでバンザイはよみがえるのです。これは日本の政治の後進性をあらわす現象ではないのでしょうか。でなければ、実行のさいなぜあんなに照れ臭いのか。どうもわたしにはわからんのです。