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2016年10月25日 2:33 PM

のり弁.ゆり弁

  のり弁.ゆり弁
 昼間のワイドショーを見て、のり弁という語をおぼえました。海苔をメインのおかずにした弁当のこと。いやあ、感心しました。弁当箱   
 に白いメシを盛り、一度フタをしてメシの表面を平らにします。フタをとってメシの平らな面に海苔巻用の大きな海苔を広げて被せます。
 これでのり弁は完成。大して美味くもないだろうけど、高校時代の思い出が絡んでしばらく大笑いしました。
 ことは東京都の食物市場が築地から豊洲へ引っ越すかどうかの問題。小池氏新知事の追及を受けて都庁の役人の出してきた書類が、ほと
 んどの行(1枚当たり何行の用紙かは知らないけど)を墨で塗りつぶされて判読不能だったことです。多くの人が周知の事件だったはず。
 テレビで見ると、のり弁はじつにケッサクな呼び名で、海苔弁当を真上から撮ったとしか見えないのです
 じつはわたしものり弁をつくらされたことがあります。
 わたしたちは小学6年で終戦を経験し、翌年旧制中学へすすみました。確か2年か3年のとき「戦争中の教科書は使用禁止。しかし新
 教科書が間に合わないので、戦時中の教科書に墨を塗って使うことにする。習字の時間にそれをやる」と先生からいわれました。
 当日習字の時間になると、中学のグラウンドに人垣ができています。わすれていましたが、当時は国民リーグという短命のプロ野球連盟が
 あって、そこの所属球団である大塚アスレチックス、唐崎クラウンズの2チームがわたしたちの中学のグラウンドへ試合をしにきていたの
 です。当時は日本リーグの球団も国民リーグの球団も東京六大学のチームも東北遠征を良くやっていました。東北へ行けば米のメシが食え
 たからです。試合後、腹いっぱいメシが食える点では東北地方が一番でした。
 そんなわけでわたしたち田舎の中学生は一流のプロのプレーには馴染んでいたのです。
 習字の授業が始まりました。いつもと違って「わが連合艦隊は白波を蹴って南進、南進を繰り返しております」などの勇壯な文章を、墨に
 浸した筆で1行ずつ黒く塗りつぶしてゆくのです。
 残念な気がしました。せっかくの連合艦隊の進撃を、黒く塗りつぶすのが何だか口惜しかった。一方ではアスレチックスとクラウンズの試
 合も始まっています。1年でつぶれる連盟ですが、のちに日本リーグへ入った選手もいます。見たくて仕方ありません。
 ついにわたしは老教師が黒板に字を書き込んでいる隙に、窓から外へ飛び出しました。ほかに何名かが同じ脱出行をしたようです。
 わたしは外野席に潜り込んで、思い切り試合を楽しみました。習字の老教師に窓からの脱出行がバレて、点数は落第すれすれだったけど
 都庁ののり弁役人はどんな罰を受けたのでしょうか。
 さて都庁ののり弁に話を戻しますが、この語はあまりに有名になって、いまや面白味に欠けます。小池百合子知事を記念する意味で、ゆり弁
 というのはどうだろうか。小池知事がまた選挙に出ることになれば、応援語になりますぜ。