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2012年8月13日

はなかんざし(5)

ひさと会うまえに大二郎は、浅草田町にある松屋甚兵衛の家をたずねました。亀蔵をつれています。

二人は柳橋で猪牙舟(ちょきぶね)に乗り、山谷堀でおりて日本堤を吉原へ向かいました。

長さ八丁の堀の左右には、稔りはじめた稲田が青々とひろがっています。田町一丁目の袖摺稲荷(そですりいなり)あたりから、堤の下には引手茶屋、呉服屋、堤灯屋、女衒の住居などがならんでいました。松屋は立派な構えの家です。

同家では甚兵衛の葬式を終え、伜の徳之助が家業を継いだばかりでした。

徳之助は二十歳。父を見習ってまっとうな女衒になる気でいるようです。

「親父どのが使っていた小遣帳があるだろう。見せてくれないか」

大二郎にいわれて、徳之助はすぐに父の小遣帳をもってきました。

女衒は口入れしようとする娘の気を引くため、髪飾りや帯止めなどちょっとした品物を買いあたえることがよくあります。小遣帳にはその金額が書いてあるはずです。

ひさは甚兵衛に金を借りたと大二郎は見ていました。客から過分の心付けをもらうにしても、舟宿の女中の給金で父の薬代や医師への謝金がまかなえるわけがないのです。

ひさを抱くために金を出す男はいくらでもいるでしょう。だが、それぬきで助けてやれる男は甚兵衛のほかに考えられません。二人のあいだに金の貸し借りがあったとすれば、話はずっとわかりやすくなります。

小遣帳を大二郎はひらいてみました。左右から亀蔵と徳之助が覗きこみます。

青木屋六〇文。柊屋二三〇文。丸万楼三五〇文などというのは飲食代です。ほかにちり紙、タバコ、香典、駕籠代、舟賃などの雑費が書きだされていました。

それらにまじって「セツ かんざし五〇文」「トメ 櫛三六文」「サチ 笄八〇文」など女の子への贈り物の記録がありました。女の子にあたえる品を甚兵衛はいつも浅草仲見世の福屋どいう小間物屋で買っていたようです。

「――これだ、これ」

やがて亀蔵と徳之助が同時にさけびました。

「ひさ 貸付十両」日付は三月十五日。二ヶ月半まえに甚兵衛はひさに金を貸していたのです。

さらに五両。四月十五日付で甚兵衛はひさに貸付けていました。ほかの娘にかけた費用よりもはるかに多額の金を融通していたのです。

「おひさのやつ、甚兵衛さんからこれだけ肩入れされていやがったのに、あっしにはなにもいいませんでした。見かけは極上だが、けっこう腹黒ですな、あの小娘は」

亀蔵は怒るよりも気を呑まれていた。

「どうだかな。甚兵衛から十五両も借りたからには、あの娘は吉原へゆく決心をしていたんだ。よっぽど困っていたんだろう」

「医者の払いと薬代で困窮し、郭奉公をきめたんでしょう。勝五郎はなにも知らずに死んでいった。知らなくてよかったかもしれませんな」

「どこの医者にかかっていたか、薬代と治療代はいくらだったかすぐ調べてくれ」

「合点です。すぐに下っ引を走らせましょう。勝五郎の家の近所の者に訊けばすぐにわかりますよ」

その日のうちに下っ引が事情を調べてきました。

大二郎は亀蔵とともに夜、八丁堀の自宅で細かな話をききました。

当時の医者は治療所をもたず、駕籠で往診するのがふつうでした。

勝五郎の住まいは相生町の伍助長屋にあります。勝五郎のもとへ出入りしていた医者は、最近良く売れている内田良庵だとわかりました。

良庵本人の話では薬代が八両、治療代が五両でした。きちんとひさは支払ったようです。勝五郎はもう弱りきっていて、娘がどこからそんな大金を工面したのか、怪しむ気力さえなくしていました。

そのうち勝五郎は亡くなりました。ひさはもう父の看病に縛られる必要はありません。市太郎へ嫁入ろうと、吉原の遊女になろうと好きにできる身の上です。

市太郎のほうは、すぐにひさと婚礼をあげて一緒に暮らすつもりだったようです。ところがひさは父の一周忌が済んでからといってゆずりません。

「――となると亀蔵よ。おれはひさの亭主になる市太郎って男が気になってきたぜ」

下っ引の報告をきいて大二郎はいいました。

「そうでござんすね。勝五郎が死んでひさは身軽になるはずでした。ところが十五両も借金があると知らされた。返せる当てはねえ。吉原につれてゆくと甚兵衛はいい張る。思いあまって市太郎は、てな筋書きでしょうか」

亀蔵は重々しく意見をのべました。

「うん。おそらくそれが本筋だろうよ。甚兵衛を殺して得(とく)をする者はほかにいないんだから。しかし――」

大二郎は腕組みして考えこんだ。

「しかし、どうしたんですかい」

「おひさだよ。もし市太郎が殺ったとすれば、市太郎は人殺しだ。おひさほどの女が、そんな人でなしの女房になるわけがないと思うんだが、甘いだろうか」

「市太郎はきっとおひさに気づかれぬように殺ったんですよ。あの孝行娘が、そんな悪党と一緒になるわけがありません」

「たとえいまはごまかせても、市太郎が甚兵衛を殺したことはいつかバレる。おひさは人殺しの女房ということになるんだ」

「なんにしても市太郎を呼んで、一叩きしてみましょう。まだしょっぴくにゃ早えから、下調べということで」

なんとか相談がまとまりました。

 

あくる日、大二郎と亀蔵は元町の自身番に市太郎を呼び出して聞き取りをおこないました。

市太郎の住まいは深川の大工町だが、元町の建築現場へ働きにきています。使いの者に呼ばれると、すぐに彼はやってきました。

自身番の板の間で、深々と市太郎は平伏しました。職人にはめずらしく礼儀作法を心得ています。ものいいもはっきりしていました。棟梁だった勝五郎が気に入ったのも無理はない男です。

「勝五郎が死んでおひさは身軽になった。すぐにも婚礼をあげるのかい」

大二郎が訊いてみると、市太郎はかぶりをふりました。

「いいえ、一周忌がすぎてからとおひさが申しますのでそのつもりでおります」

「おまえ、女衒の松屋甚兵衛を知ってるだろう。会ったことはあるのか」

「存じております。会ったことはございませんが、一度佐野屋の近くでお見かけしたことがあります」

まだひさが通い奉公のころ、市太郎は夜、ひさを佐野屋から住まいの伍助長屋まで送ったことが何度もあるそうです。作業現場が佐野屋に近い日の夜はいつもそうしていたらしい。

ある晩、市太郎は佐野屋から駕籠で帰宅する甚兵衛を見かけたのです。見送りに出たひさにいまのが松屋さまだと教わりました。

「甚兵衛はひさに吉原へ来いとすすめていたのだろう。おまえ、憎んでいたのではないか」

「いいえ、とんでもない。おひさには遊女になる気なんかこれっぽっちもございません。甚兵衛さんもそれを承知でおひさを可愛がってくださいました」

「おひさは甚兵衛に十五両借金があった。おまえ、それを知っていたか」

「はい、存じておりました。お医者の払いと薬代で二進も三進もいかなくなったので松屋さまにおすがりした、とおひさにきいております」

「しかし甚兵衛は女衒だぞ。返さないとおひさは吉原につれていかれる。おまえ、おひさを女房にして返済の当てはあるのか」

「いいえ、一度にはとても無理でございます。二十回の月払いでお返しすると甚兵衛さまにお願いするつもりでおりました。その矢先にあのおかたは―」

甚兵衛はひさから借用の証文をとっていませんでした。

十五両くれてやる気でいたのです。代償にひさを抱いていたのでしょう。

だが、市太郎は借金が残ったままだと思っています。甚兵衛とひさの仲を疑ってもいないようです。深い仲であることをさとられないよう、ひさは借金があるふりをしていたにちがいありません。

「つまり甚兵衛が死んだおかげておひさもおまえも借金がチャラになったのだな。万事好都合に運んだわけだ」

口調はやわらかだが、大二郎はするどく市太郎を睨みつけます。

『正直にいいやがれ。いわぬと痛い目にあうぞ』

亀蔵が脅しをかけました。

市太郎はふるえあがりました。

「ィ、いいえ。好都合などと。おひさを可愛がっていただいて、感謝こそすれそんな恩知らずなことは思ってもおりません」

「まことかな。甚兵衛が死んで得(とく)をする人間はおまえだけなのだよ。勝五郎が死んだ上に甚兵衛まで死んじまった。おひさはともかく、おまえは運が良すぎるようだな」

「ダ、旦那様、私をお疑いでございますか。では申し上げますが、甚兵衛さんの殺された夜、あっしはおひさと一緒に二の橋の舟宿、平野屋に泊っておりました。嘘ではございません。女将なり女中なりに訊きあわせてくださればわかりますん。だが、大二郎は二人がまだ清い仲だと思っていました。ひさほどの女が市太郎になびくわけはないときめこんでいたのです。

「あっしらはやがて夫婦(めおと)になる間柄。一緒に寝ても不都合はございません。一晩中抱き合っておりました。手水(ちょうず)に立つひまもねえくらいで」

市太郎の目にちらと人を見くだす色があらわれました。

大二郎がひさに惹(ひ)かれているのを見抜いています。蹴っ飛ばしてやりたいが、そうもいきません。

自身番から平野屋へ人を走らせて、市太郎の話の裏をとらせました。

甚兵衛の殺されたのは五月二十日。その夜の宿帳にひさと市太郎の名があります。女将も女中もこの界隈で有名な佐野屋のひさの顔を見知ってもいました。

市太郎が下手人でないのはたしかなようです。悔しいが放免する以外にありません。

「お二人ともお役目ご苦労さまでございます。ではあっしは帰らせていただきます。いや、お疑いがとけて心の底から晴れ晴れといたしやした」

市太郎はまたバカ丁寧に平伏して挨拶しました。

ひたいを床にすりつけながら、ぺろりと舌を出したような気配です。

大二郎と亀蔵はともに苦虫を噛みつぶした顔でそっぽを向くしかありませんでした。