mv

2013年7月16日 4:40 PM

やっとわかった、デモ嫌いのわけ

参院選まであと1週間足らず。今回は自民圧勝が確実視され、大して盛り上がっていないようです。民主党政権があまりに無策だった反動 もあるけど、アベノミクスが国民の期待を呼び、社会の空気を明るくしたのは事実です。
でも、政権を失う前の自民党は骨の髄までマンネリズムが沁みこんで、いまにも腐って崩壊しようとしていました。アベノミクスにもいずれ反動がくるでしょう。なによりも福島第一原発の事故原因の究明さえ曖昧で、被災者の救済や除染や使用済み核燃料の処理や廃炉計画さなどもおざなりのまま、安倍首相が外国へ原発をセールスしているのが気になります。将来大事故が起こったらどうするのかね。賠償などで国 が破産するのではないか。規制がきびしくなったとはいえ、目の前の経済事情に相変らずとらわれて、旧来型原発行政をすすめると、ほんとに日本沈没ではないか。まあそんな恐れはともかく、何とか不況脱出を果たすべきだというのが国民の総意なのでしょう。
選挙の投票率は高齢者ほど高く、若年層は無関心だといわれます。わが身をふり返っても若いころは自分の進路を歩くので手一杯で、政治のことを考えるヒマはありませんでした。女、野球、競馬、文学、音楽が関心のすべてだったのです。
当時日米安保条約の改定をめぐって日本中が二分される大騒ぎをやっていました。若者はほとんが反対だったので、私もその気でいまし た。社会主義こそ弱者の味方、世の中の矛盾を解決し、理想とはいわないまでもベターな国をつくる思想だと思っていたのです。でも積極 的に安保反対運動に参加する気はありませんでした。
わたしは当時事務機の販売会社のセールスマンをやっていました。全然成績があがらず、昼間から仲間と麻雀や喫茶店めぐりをやっていま した。
ある日セールスに出て軒並み玄関払いを食い、悄然として淀屋橋付近を歩いていました。そんなとき「安保反対」のデモに出会いました。 労働者や学生が「反対」のシュプレヒコールをあげて、胸を張って行進していたのです。
気楽なもんやなあ、とまず思いました。こっちはみじめな外交員なのに、かれらは天下国家を心配していられる。恵まれた連中だというの が実感でした。
ついで嫌悪感にかられました。いまは安保反対でも将来世の中がどう変わるかわからない。よくも安直に「信念」を抱いて行動できるもんだという嫌悪でした。実際そのときはそう思ったのです。子供のころ敗戦を経験し、世の中の価値尺度がコロッと一変したのを見た経験が あったからでしょう。
しかし、ほんとうの原因はべつにありました。集団行動がもともとわたしは嫌いでした。学生運動にも組合運動にもかかわりあったことがないのです。代わりに野球でチームとの一体感を味わっていました。
なぜ集団行動が嫌いなのか。ジイサンになって最近それがわかりました。やはり疎開体験に影響されていたのです。

わたしの疎開した村で は都会から来た生徒は何かと云うと仲間外れにされました。喧嘩になると異分子の生徒を10人ぐらいで袋叩きにするのがつねでした。
なんという汚い、恥知らずの奴らだ、卑怯者だ、とわたしは農村の子が大嫌いになりました。恐怖と嫌悪にまみれた日々でした。以来、衆を恃んで何かを実行することに加わる気になれなくなったのです。学生運動、組合運動は衆を恃むことの典型です。ことの善悪に先立って わたしは嫌悪の念にかられるようになったのです
昨今話題のいじめも、衆を恃んで異分子を迫害することです。だが、多数決は民主主義の基本原則です。その点でいえば「いじめ」は民主主義に叶っているわけで、問題解決が困難なのも当然です。
ふつうは異分子は衆の下位にあります。いじめる側は楽しんで実行します。だが、たまには異分子のほうが衆の上位にいることもある。そ のときは衆はスクラムを組んで上位の異分子を叩きにかかります。維新の会の叩かれ様を見るとその思いが強くなります。民主主義は議員がつねに袋叩きを怖れてびくびくしていなければならぬ制度なのです。選挙はいわば「いじめ」の逆転現象。みんなで持ち上げた候補者に政治を任せます。権力者をつくるにはこれが最上の方法であることをわたしも否定しません。だが、選挙も大勢の力を頼みにする点、わたしは一抹の嫌悪を抱かざるを得ないのです。文士はしょせん孤独なのですかね。