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2012年3月23日 3:04 PM

やめてくれ子供の英会話

家の近くを散歩していると、ときどき英会話塾のバスに出会います。満員とはいかないけど、小学生が数人乗っています。
テレビCMを流している子供向きの英会話塾なのかどうかは知りません。でも、、あまり良い気持ではない。。最近の子供は大変だなあと思うし、出会った小学生にしたり顔で、
「ナイスミーチュー」
などといわれると、背中にザワザワと鳥肌が立ちます。
国際化にそなえたり、子供の将来のためを思ったり、幼い脳に英語を仕込むほうが能率的だと判断したり、親にはいろんな思惑があるのでしょう。脳生理学上は問題ないのかもしれないけど、わたしはどうも賛成できない。英会話に反感があるのでしょう。
わたしが旧制中学へ入った昭和21年、NHKラジオで平川唯一の英会話講座がはじまりました。童謡「証城寺のタヌキ囃子」のメロデイに乗って、
「カムカム エブリボディ ハウドゥユドゥ アンド ハウアーユー」
と歌声が流れるたびに時代の変化を感じさせられたものです。
放送は毎日流れました。テキストも売っていたけれど、買って勉強する気にはなれませんでした。なんといってもつい一年前までは戦争をしていた国の言葉なのです。鬼畜米英がデモクラシーの王国になり、天皇よりもマッカーサー元帥がエライということになりました。
あまりにも軽薄な変わりようです。嬉々としてカムカム英語を学ぶ奴をわたしは心の底で軽蔑していました。
当時の流行歌に「ジープは走る」というのがありました。正確な歌詞はわすれたけど、
「スマートなアメリカ兵は街の人気を集めて走る
ハロ― ハロー ジープは走る ジープは走る」
という一節がありました。カムカム英語のテーマソングとともに、いまだにわたしの反米感情をそそる歌です。
大学を出てわたしは日本レミントンランドという会社へ入りました。くわしく語る余裕はないけど、トップがアメリカ人で日本の会社とは大違いの社風でした。 わたしたちの部長は日本人で東京外大の英語科の出身。英語はペラペラです。ハンサムでダンディで一分の隙も見せない気取り屋でした。
ところが私 的に話してみると、これがツマラン男でした。ビジネスマンとしては有能だったのだろうけど、まるで教養がない。人生観も世界観ももちあわせていません。た だの英語使いなのです。せっかく英語が達者なのにシェイクスピアもロレンスもヘミングウエイも読んだことがないし、「エコノミスト」さえ読む気がないので す。アメリカ人のトップとなにやらペラペラ会話してバカ笑いするだけの男でした。外人相手のポン引きのようだとわたしたちは陰口をたたいたものです。
サラリーマン時代わたしは何人かの英語使いに接しました。前記の部長氏と大差ない印象でした。外務省や総合商社勤務の第一級の英語使いは別なのでしょうが、英語にたいするわたしの偏見は改まらなかったのです。
後年アフリカ旅行したときも似たような経験をしました。まだパック旅行の時代で20人ばかりの一行でした。なかにアメリカのトヨタに勤務する30歳前後の男がいました。
アメリカ勤務だけに英語は堪能。バスのガイドと大声でやりとりして「さすがアメリカトヨタ」と思わせるほど目立っていました。
その男がある日バスのなかでわたしのところへやってきました。今度東京勤務になるので社内報にエッセイを書かねばならない。ホテルで書いてみたが、一読して感想をのべてほしいというのです。わたしが物書きだと知ってアドバイスを求めにきたわけです。
一読してわたしは唖然としました。エッセイどころか中学生の作文にも劣る内容なのです。文章は稚拙。字はへたくそ。なるほど英語使いはおおよそこんなものか。わたしはあきれて、適当にお茶を濁して引き取ってもらいました。
要するに日本人の英語はビジネスのためのものなのです。多くの英語使いはしゃべる能力をつけるだけで精一杯で、ほかの素養はお留守になります。英文科出身 なのに知的向上心はゼロの人間が多い。現代ではITにくわしいが、一般教養はさっぱりという男が増えているのと通じるところがあります。
ある高 名な人物にきいた話。彼はアメリカ留学の経験があります。最初の一年は会話ができず、えらい苦労をしました。ところがある日、学生食堂でメシを食っている と、昨日までちんぷんかんぷんだった周囲の学生や教員の会話が突然わかるようになったそうです。ガヤガヤするだけの異国の雑音が突如として意味をもった英 語になるのです。外国語ははやはり外国で暮らして自然に身につけるのが一番だという話でした。
子供には英語より国語を叩き込むべきです。それがすべての基本です。外人相手のポン引きの需要も多少あるかもしれないけど、そんな英語使いが増えてもわが国の知的水準は向上しません。