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2013年4月9日 1:46 AM

わたしのアベノミクス

世の中、アベノミクスのおかげで20年ぶりに華やいでいます。でも、大方のサラリーマン諸氏の月給があがるのはまださきのこと。ましてわれら老人家庭が恩恵に浴するのはまだまだまださきの話。下手をすると、良い思いをしないまま、あの世へ旅立つことになるかもしれません。
円安で輸出関連の産業は笑いの止まらぬ好況のようです。一方で輸入関連の産業は円安による為替差損で青息吐息だそうです。食糧、燃料、原材料の業界はこれからが苦難の年を迎えることになるらしい。でも、これまで円高のせいでホクホク顔だったのだから、すこしは辛抱してもらいましょう。
わたしはもういい年齢だけど、小説家の端くれです。小説家にアベノミクスはどう作用するのか。考えてみると、けっこう関連がありました。この稼業、個人で輸出、輸入を繰り返しながらやってゆくしかないのです。
小説家の輸出部門は毎日、制作に従事せねばなりません。わたしは40歳代から60歳代にかけて大忙しでした。つぎからつぎに入る注文をこなすだけで精一杯。時間をかけて調べたり練ったりする余裕はありませんでした。なんとかFAXで原稿を送り終えるとほっとして、酒を飲まずにはいられませんでした。もっとも、新人のころはまだFAXが普及しておらず、妻が原稿をもって車で伊丹空港へ駆けつけ、航空便で送ったものです。だが、70歳代になると注文は激減して、いまは北新地から足が遠のきました。原稿料というものは年功序列できまります。一度あがった線からさがることはありません。つまり円安がないのだから黒田日銀総裁のように円安を誘導して、注文を増やすわけにはいかないのです。
一方、原材料の仕入れも必要です。わたしは自分の体験をベースに出発したのですが、そんなものは10年もたてばネタが切れます。野球が好きだったので、野球小説を数多く書きました。ついで官能小説です。この部門ではさほど広範囲な取材をしなくともよいのでかなり書かせてもらいました。ネタに困るとこのジャンルに踏み込んだものです。そのころは儲かりましたが、、長い小説家人生を振り返ると、官能部門に足を突っ込んで結局良いことはありませんでした。先輩作家の結城昌冶さんが、
「官能ものを書くと、いまは良いけど将来は困るよ」
と編集者を通じて忠告してくれたのに、耳に入れませんでした。東京の事情をよく知らなかったせいもあるけど、要するにアホやったのです。
企業小説を書くために取材しましたが、サラリーマン生活の足を洗うと情報が入ってこなくなります。そこでわたしは自分の勉強をかねて現代史を調べ、戦時中の英雄だった軍人たちの評伝を書くようになりました。ついで舞台を維新期に移し、さらに文化文政期を調べてなんとかまげ物も書けるようになったのです。
これらは阿部牧株式会社における原材料仕入れ部門の活動です。企業がつぎつぎに新製品を開発して発展してゆくように、小説家も新しい仕入れを繰り返してオモロイものを絶えず提供してゆかねばなりません。思えばシンドイ稼業でした。小説つくりのアベノミクスはわたしの内部でまだスムーズに機能していると思うのですが、最近は需要が落ち込んでお手上げです。円安誘導が効かないから弱っちゃうのです。
もう一つ、維新期なら維新期に狙いををさだめて、その時期についての権威になるという手もあります。たとえば{戦国時代を書かせたら一番」と津本陽氏がいわれるようにです。一番の売れ筋である戦国時代の勉強をしなかったのが、わたしは残念でなりません万事に気がつくのがおそすぎるのです。
かつて知り合いだった元巨人のエース堀本律雄氏が引退にさいして、、
「やっとピッチングのコツをつかんだと思ったら、球団に引退を宣告されました。人生、うまいこと行かんもんですなあ」
とボヤいていました。
その気持ちは痛いほどよくわかります。
現在、鎌倉時代を調べています。新しい視点で楠木正成を書いてみるつもりです。河内弁を話す正成なんてオモロそうだと踏んではじめた仕事ですが、小説界のアベノミクスが何を生み出すが、作者のわたしにもわからない。困ったものです。