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2012年7月10日 2:06 AM

われは大艦巨砲主義者 歌うは月月火水木金金

最近パソコンを買い変えて毎日苦労しています。大艦巨砲主義者の海軍軍人になった気分であります。
7~8年使ったパソコンが時代遅れだというので買い換えました。ところがこの7~8年の間に機能が多様、複雑化し、以前できなかったことができるようになった半面、以前たやすくできたことをやるのがひどく面倒になって閉口しています。
たとえば以前のパソコンなら原稿用紙を設定しすぐに文章が書けたのに、新しいパソコンでは文字の大きさをきめたりページ番号を打ったりするのがややこしくてわかりにくい。ああでもない、こうでもないと工夫するうちに時間がたってうんざりです。なんでこんな創作とは関係のない事柄に時間とエネルギーを浪費せねばならぬかと思うと、人生の残り時間が限られている身にはなんとも悔しくてならないのです。。
いらいらして日曜日の夜NHKEテレのN響アワーを見ました。いまは「らららクラシック」とタイトルが変わって、この番組はあきれるほど軽量化されています。以前はこの時間はN響の演奏でベートーヴェン、ブラームス、マーラーなどの交響曲や協奏曲をじっくり聴いたものですが、最近は司会者のチャラチャラしたおしゃべりやバレーが入ったり、交響曲の一つの楽章のみを演奏したり、ずいぶんサマ変わりしています。この夜はロンドン特集で、エルガーの「威風堂々」やプロコフィエフのバレエ「ロミオとジュリエット」などが演奏されました。司会者の言葉によると、クラシック音楽を「カジュアル」に楽しむのだそうです。
わたしはクラシック音楽を重要な教養科目として聴いてきました。気持ちのうえではいつも正装してコンサートに出向きました。だが、現代は「カジュアル」に楽しむ層が主流なのです。ポロシャツにジーンズの気分で聴きにいく者が多いようです。壮大なシンフォニーを聴いて深い感動に浸り、励まされたりなぐさめられたり歓喜したり、人生に何かの示唆をうけようとするのはダサイのです。
だから「らららクラシック」には名状しがたい違和感をおぼえました。パソコンで苦労する自分自身を旧海軍の大艦巨砲主義者だと見なさざるざるを得なくなりました。
昭和の初めごろ、わが海軍は大艦巨砲主義者が主流でした。日清戦争、日露戦争に海軍は戦艦を主力とする艦隊によって勝利をおさめました。海軍の首脳部は昭和に入ってからもその先入観をすてきれず、世界一の大型戦艦「大和」の建造に着手したりしました。
いっぽう山本五十六、堀悌吉、大西瀧治郎、小沢治三郎ら開明派は「これからは戦艦の時代じゃない、飛行機の時代だ」と強硬に主張して航空部隊の育成に励みました。戦争になって山本らの主張の正しかったのがわかったのです。
現代の若者はパソコンを自在に使いこなします。わたしから見ると海軍の開明派、航空機主義者にあたります。「これからはITの時代。パソコンこそが生きるための武器です」
とかれらは鼻を高くしています。
対してわたしたち高齢者は大艦巨砲主義者。現代に乗り遅れまいとする意識はあるけど、パソコンには苦心惨憺させられます。戦艦の砲術手が急に戦闘機乗りを命じられたようなもの。いつまでたっても上手く操縦できません。パソコンから生まれる文明なんてろくなものでなかろう思いながら、生きるために今日もキーボードに向かい合うのです。
そういえば「らららクラシック」ではビートルズの曲もやっていました。「カジュアル]音楽の元祖はビートルズなのでしょう。
大艦巨砲主義者の音楽はなんといっても軍歌。わたしも一番上手く歌えるのは軍歌と戦意高揚歌です。なかでも「月月火水木金金」を愛唱しています。
朝だ夜明けだ潮(うしお)のひびき
うんと吸い込むあかがね色の
胸に若さのみなぎる誇り
海の男だ艦隊勤務 月月火水木金金
良い歌だと思いませんか。。土曜日曜なしの勤務なんてしんどいと思う人もいるでしょうが、国のためというプライドがあれば疲れなんて感じないのです。
小説を書く作業にも似たところがあります。努力はそのまま見識の向上につながります。書くことで自分が成長している実感が得られます。月月火水木金金の労働がすこしも苦になりません。あまり金にはならないど、これからもわたしは小説という時代遅れの軍艦をなんとかつくりつづけてゆくつもりです。