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2012年5月18日 3:11 PM

ガクゼン。心に残っていたこんな歌

最近、元ABCアナウンサーの上田博章氏の著作「疎開絵日記」を読んでガクゼンとしました。「父母のこえ]という歌に出会ったからです。

 歌詞を見た瞬間メロディがよみがえり、声を出して歌いたくなりました。こんな歌が心に残っていたことに一驚し、久しぶりに辛かった疎開の日々を思い出したのです。
 上田氏は昭和8年生まれ。わたしと同年です。昭和19年がら20年にかけて福島、群馬、栃木、長野に縁故疎開しました。保存されていたその当時の絵日記に、当時を回想した文章を付したのが「疎開絵日記」です。
 わたしを驚愕させた「父母のこえ」はつぎのような歌詞です。
 太郎は父のふるさとへ 花子は母のふるさとへ
 里できいたは何の声 山の頂(いただき) 雲に鳥
 希望(のぞみ)大きく育てよと遠く離れた父のこえ

 

 わたしも上田氏同様、秋田へ縁故疎開をしました。疎開とは都市の児童や老人、婦人などが空襲を避けて地方へ移住することです。
  学童疎開には二種類あって、一つはは集団疎開、もう一つが縁故疎開でした。集団疎開は文字通り一つの学校の生徒が集団で移住することであり、縁故疎開は児 童がそれぞれ親戚などを頼って個別に田舎へ住みつくことです。集団疎開組は食糧難で空腹にさいなまれ、縁故疎開者は迫害や孤独になやんだものです。
 話が脱線するけど、上田氏の父君は陸大出のエリート諜報将校で陸軍省の防衛課長。学童疎開の企画立案者だったそうです。
  以前にも書いたことですが、わたしは京都の北白川から父の郷里である秋田県の農村へ疎開しました。あまりに文化が違うので、肝をつぶしました。なにかとい うと「京都からきた人」と嫌味をいわれ、差別されます。喧嘩をすると集団でやられるので、びくびくして、事なかれ主義で暮していました。京都時代は結構腕 白坊主だったのですが、すっかり引っ込み思案になった日々でした。一年後、大館市の旧制中学へ進学して村を離れることが唯一の希望だったのです。
 大阪船場の問屋の息子で河内に疎開した人の話をきいたことがあります。その人は船場言葉で育ち、
「おんどりゃ、なにさらすねん」
 といった式の河内弁がうまくしゃべれませんでした。それが級友らの気に触り、「お高くとまりくさって」といじめられたそうです。
 大阪市内から河内に疎開しただけでそんな苦労があったのです。関西から秋田へ移ったわたしの違和感はかなりのものでした。
 そんなとき音楽の時間に習ったのが「父母のこえ」でした。縁故疎開した児童をはげます歌だったのです。なにげなく歌ううちにわたしは涙が出てきました。「遠く離れた父のこえ」の「遠く離れた」が胸にジンときたのです。
 急いで私は涙と拭いました。だが、それを観察していた奴がいて、休み時間に、
「マキオ泣いてたべ。涙コ、ポロポこぼしてシャ」
とからかうのです。憮然としていると、地主の次男坊である唯一の友達が、
「なにをいうか。おめえだって父さんが死ねば泣くべ。他人のことはいうな」
 と応援してくれたのです。わたしは彼の言葉がまたジンときて、急いでその場を離れました。
 上田氏の本を読んでそんな記憶がよみがえり、苦い気分を噛みしめていると、もう一つ当時の歌を思いだしました。「皇后陛下が疎開児童にたまわる歌」という和歌です。

 

  つぎの世を担うべき身ぞたくましく 正しく伸びよ里に移りて

 

 こちらは美しいメロディで、歌詞の短いのが残念でした。上田氏の本にはなかったけど、大御心の慈愛を感じて、しっかりせなあかんと自戒したものです。
  でも、おかげでわたしは意識の底に埋もれていた上記2つの歌を思い出しました。同時に学童疎開が私達世代にとんな影響をおよぼしたのを思案しました。上田 氏は「疎開のおかげで基礎体力とタフな精神力さらに忍耐力や社交性、異文化に対する適応力が身についた」と書いています。
 わたしにはそんな自覚はありません。田舎の学校で孤立して卑怯未練な自分に気づいたことぐらいなものです。農作業に対する嫌悪感、無知で嫉妬深く、了見のせまい村人への軽侮の念を身につけただけのようです。
 でもあの当時、孤独感にはさいなまれたけど、集団疎開の児童のように飢えはしませんでした。疎開は健康には良い影響があったのかもしれません。それに疎外された者の目に世界が一変して映ることを身をもって知ったのが、物書き業の役に立ったのはたしかです。
  それにしても強烈な印象をうけた歌は意識の底にはっきり残っているものです。わたしは軍歌が大好きだし、唱歌も数多くおぼえています。最近ビール会社の CMに「東京ブギウギ」の替え歌が使われているのをきいて、背筋がさむくなりました。中学一、二年生のころ笠置シズ子のこの歌をきいて「なんという下品な 歌か」と思ったものです。
 意識の底に眠っている歌を掘り起こそう。これまで気づかなかった自分を発見できるかもしれません。