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2015年7月28日 2:13 AM

クソ暑い夏の歌

大学を出て社会人になったころ、大阪の夏は猛暑だと思っていました。仕事は
事務機器のセールスマン。どこへいっても玄関払いの毎日でした。すべての会社から閉めだされた思いで街をうろついたのですが、コンクリートの歩道に
照りつける陽光の照り返しで、大阪の街はひときわ暑かったものです。
「クソ暑いな大阪市内は」
泉南出身のK君という同僚がボヤいていました。
クソ面白くもない、クソの役にも立たない、とかは使っていました。しかし、
暑さ、寒さにクソをつける用法があるのを初めて知りました。以来、わたしも
「クソ暑い」「クソ寒い」を常用しています。
さて今年の夏は「クソ暑い夏」です。高校時代は炎天下で野球をやり、大学生
のころも高校OBたちと一緒に試合をやりました。あのころを思うと夢のようで
すが、当時の夏はクソ暑くなく、まして秋田県下では関西育ちのわたしにとって快適そのものだったのです。
しかし今年の夏は老人にはこたえます。飼い犬をつれて4~5キロのウオーキ
ングをしていると、ぶっ倒れそうに思えるほどです。昨日も睡眠不足のせいで
気息奄々炎天下を歩いていました。ふと気づくと、口の中で歌っていました。
父よあなたは強かった かぶとも焦がす炎熱を
敵の屍とともに寝て 泥水啜り草を噛み
荒れた山河を幾千里 よくこそ撃ってくださった
子供のころおぼえた戦意高揚歌です。泥水すすり草を噛み、の一節などは兵士の苦難が具体的に表れて子供心に強い印象を残したのでしょう。
心に染みついた歌が、ふとしたはずみに出てくるのはだれでも経験することで
しょう。問題はどんな歌が心の奥底に染みついているかです。私の世代の男は圧倒的に軍歌や戦意高揚歌が多い。それらの歌は激励になりました。たとえば犬を連れて歩いているとき、軍用犬の歌がふいと出てきて自分でびっくりすることがあります。一番はわすれたけど、こんな歌です。
よし来い、よし来い 利根(軍用犬の名)来い来い
私だ私だ 利根来い来い
カタカタカタカタ ダンダンダン 弾丸(たま)の中
国民学校5年のとき習った歌です。雨霰と降る敵弾のなかを連絡のため走って
くる軍用犬「利根」を飼い主の兵が激励する歌です。機関銃の音が入った歌なので覚えているのでしょう。もっともわたしがこの歌を口ずさんでも、飼い犬は

知らん顔ですけどね。
最近の子供は学校でどんな歌を教わっているのですかね。作家の故石堂淑朗氏が数年前「誰も知らないみんなの歌」とNHKの「みんなの歌」をからかっていたけど、戦前の唱歌には我々が大人になってもふっと口ずさむ歌が多かったのです。
「ウサギ追いしあの山 小鮒釣りしあの川」「いくとせ古里きてみれば」「狭霧
消ゆる港江の 舟に白き朝の霜」そのほか「早春賦」「真白き富士の嶺」「宵待草」「からたちの花」など多士済々でした。
子供心の荒廃はあれらの唱歌が消えたせいもあるのではないでしょうか。
今の子供が大人になってふと湧いてくるのがCMソングばかりでは(積水ハウスのは例外)あまりに程度が低いのではないですか。 そういえば昨今の子供たちが、「ウサギ追いしあの山」を 「ウサギ美味しあの山」と読んだという話を思い出しました。その子供たちが年老いてボケて、「ウサギ追いしあの山」を
「ウサギ老いしあの山」などと読むかもしれません。

いや、ボケを注意しなければならぬのは当方だけど、唱歌が危機的状況にあるのも確かでしょう。