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2014年1月28日 3:25 PM

ジイサンが夜なべして

先日、もっとも信頼する黒田医師(泌尿器科)から就寝時間、起床時間を訊かれ
ました。
就寝午前2時~3時、起床午前10時~11時と答えたところ、「こんな人初めて
見ました」と呆れられました。
去年検査入院して以来かなりマトモになったと思っていたので、そうか、自
分はそんなにハチャメチャな生活をしていたのか、と再認識しました。
検査入院までは午前5~6時就寝、午前11時~12時起床だったのです。
34歳で物書きになって以来およそ46年間そのライフスタイルでやってきま
した。よく体を壊さなかったとわれながら感心――いうのは嘘で、変則スタイル

だから今日まで生きながらえたのでしょう。

夜なべのくせがついたのは学生時代でした。午前零時ころまで麻雀などで遊
び、世間が寝静まってからオモムロに小説などに読みふけったのです。仏文科
の学生らしくバルザックやスタンダール、ゾラ、カミュなどを読みましたが、原書

には手が出ず、もっぱら翻訳仏文科だったわけです。

社会へ出て数年後、わたしは自分がまったくサラリーマン向きの人間でない
のを思い知りました。小説家になりたいと思って修行を始めたのです。
夕食後一時間ほど寝て起き出し、午前3時すぎまで売れない原稿を書きまし
た。一生芽が出なかったらどうしようか。考える余裕もなかったのです。
おかげで朝が最悪でした。目覚まし時計で叩き起こされ、
「嗚呼、今日も一日お勤めか」
心の底で泣きながら布団をぬけだしたものです。
ボヤきながら朝食をとり、バスで通勤です。会社へ着いたとたん眠気がおし
よせて大あくびが出ました。数年後なんとか食っていけるメドが立って会社を
やめたときは、朝、何時になろうと平気でぬくぬくと寝ていられる幸せを噛み
しめたものです。朝ゆっくり寝たいから物書きになったといっても過言ではあ
りません。
忙しくなってからもずっと徹夜生活でした。わたしはクラシック音楽が好き
だけれど、夜仕事をするからコンサートには行けなくなりました。野球見物も
同様です。徹夜生活のマイナスはその2点ぐらいのもので、原稿書きにはや

はり深夜が最適です。身がひきしまり、頭が冴え、能率があがります。締切を

一つ越えると、書斎で寝ている飼犬を起こしてわたしはビール、犬はミルクで

乾杯しました。夜なべはいいもんです。
ある晩、馴染みの酒場へゆきました。お客に歌を歌わせる飲み屋です。一人
のホステスがマイクを握り、
母さんが夜なべをして 手袋編んでくれた
と歌いながら涙をこぼしました。田舎の母親が目に浮かんだのでしょう。
その歌のタイトルは知らないけど、わたしは「夜なべの歌」だと思っている
のです。
最近はシャカリキに多忙なわけではないので、夜中にCDを訊いたりDVD
見たりします。昨夜はドニゼッテイの「ランメルモールのルチア」をDVDで
鑑賞しました。ルチアの「狂乱のアリア」はしびれるほど美しい。
CDやDVDが安くなってホンマに助かります。会社をやめて朝寝のよろこ
びに浸ったのと同様、人生、どんな局面にもよろこびはあるものですね。
深夜DVDを見ていて、わたしはレコードコンサートを思い出しました。わ
れわれの学生時代には、ほうぼうでこのレコードコンサートがひらかれたもの
です。まだレコードも電蓄も高価で一般にはなかなか手に入らない時代、愛好
者が集まってだれかの所有するレコードを聴く催しでした。当時として上品か
つ教養ありげな催しで、田舎ではもちろん、都市でもよく流行ったものもので
す。その延長が「名曲喫茶」なのでしょう。
あのコンサートが現代でも通用しないものですかね。アメリカにはスポーツ
酒場というのがあって、(日本にもあるのだろうけど)例えばワールドシリーズ
などの実況を大きなスクリーンで中継する。お客は試合に熱中しながら酒を飲
んでますます盛り上がるという仕組みです。
あの方式をオペラでも採用できないでしょうか。DVDで良いから大スクリ
ーンでオペラを上映し、お客はワインを飲んで熱狂、陶酔するのです。
イタリアの歌劇団が来日してもチケットは3万円も5万円もするのだから、今
日は「カルメン」明日は「椿姫」という具合に日替わりで本場のオペラが見ら
れるとなれば、そこそこ流行るのではなかろうか。良いデートスポットになる
し、家族連れの劇場にもなります。
ここでわたしはわれに返りました。口をついて出たのは
「ジイサンが夜なべして、ショウもない夢を見た」