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2015年3月24日 1:26 PM

ジイサンの贈り物

3月22日のNHK「クラシック音楽館」で久しぶりにムソルグスキー作
曲の{展覧会の絵」を見聞しました。
指揮はジャナンドレア,ノセダと云う人。良く知らないけど、全身の動きに
ピタリと合せてオーケストラがうねりのように盛り上がったり息も絶え絶え
に沈んだりします。指揮者の恍惚感が伝わってくる演奏でした。
この曲は何度もCDなどで聴きました。だが、いろいろ珍しい楽器が出てき
て彩りを添えるあたりそれまで思っていたのよりずっと面白い曲でした。CD

で聴くだ
けではいろんな楽器がそれぞれの役目をはたしているさまはよくわかりません。
テレビの長所をあらためて実感しました。
じつは「展覧会の絵」については思い出があります。
学生時代、すでに世界的名声のあったH.V.カラヤンが初来日し、N響を
指揮したのです。京都でも演奏会がありました。そのときの、メインの演目が
「展覧会の絵」だったのです。
たしかにわたしはナマのカラヤンを見聞しました。御多分にもれずドイツ系の
音楽からクラシック音楽へ入門したので、ムソルグスキーは馴染みがなく、大
して感激もしませんでした。いろいろ珍しい楽器が登場したのを記憶するだけの
素養もなく、ひたすら茫然と聴き入ったものです。新楽器の登場が観客席からは

見えにくいという事情もありますが。
カラヤンの振るコンサートだからチケットもそれなりに高価だったはず。貧乏の
ドン底にいたわたしがどうやって入場料を工面したのか、いまだにふしぎです。
しかしカラヤンのかっこ良さは現在もはっきりおぼえています。壇上に彼はかるく
両脚をひらいて立ち、指揮棒を振るのですが、その後姿がなんとも颯爽として美し
かったのです。
ひらいた両脚のつま先までとどくズボンを彼は着用していて、靴のつま先がズボ
ンで覆われ、三角形を呈していました。両腕の構え方、振り出し方、盛り上げ方、
抑え方、さらにハンカチで汗を吹く姿にまでわたしは陶然としました。
当時彼は、日本の代表的なファッションモデルと好い仲だという噂でしたが、こ
の男ならモテてて当然とナットクしたものです。
およそ60年ぶりに「展覧会の絵」を映像つきで聴くと、学生時代には気づかなか
ったこの曲に豊穣さ、面白さがよくわかりました。まあ年の功を積んだわけでしょう。
加齢の楽しみは思い出の再発見にあります。むかし当然と思って受け入れた事柄
が、年取ってから振り返ると当時と異なった様相に見えてきます。これが面白い。
「展覧会の絵」はいま聴くと、なかなかの名曲だし、むかしは精神異常の曲としか
きこえなかったヒンデミットの音楽が胸にひびいたりするわけです。逆にかつて熱
狂して聴いた数々の名曲にアホらしさを感じることも多いのです。
余計なお世話だろうけど、婚活にはげむ若い人を見ると、好き好んで重荷を背負い
にゆくのかと思うし、就職して歓喜する若者を見ると,拘束、束縛に耐えつづける
人生を送る企業戦士になったのかと気の毒になります。
幸せの裏が見えるのはたしかに成熟の証拠だろうけど、こうなるとジイサンになる
のもシンドイ話です。
「あんたが長年書いてきた作品、80になって読み返したらどんな気ィするかね」
そんな質問をされると私も弱ります。いま旧作を読んでみたら直したい箇所だらけ。
思うに任せぬのが無念です。
そんな感慨にひたっていると、花輪高校のころ男子だけでクラスの女生徒の美人投票
をやったのを思い出しました。K子が断トツの1位でした。
ところが30~40年語のクラス会では、k子は一変していました。どんな暮らしをして
きたのかわからないけど、見る影もなかった。
「あんただれなの」と級友たちに訊かれるほどの変わりようでした。鬼瓦そのもの。
そのとき人気投票をやれば確実にビリでしょう。
対してY子という昔は目立たない女の子がいました。目立たないどころか、高校時代
の美人投票でビリから3位ぐらいの女性でした。その子が今や光り輝いて見えるのです。

長年大病院につとめて婦長になり無事定年を迎えた女性です。やっぱり一心不乱に働く

と長い年月には別人になるのだ、と男どもはムネンの思いでささいやきあったものです。
「あんた変わったなあ。昔は美人やったのに」
かつて1位だったK子に向って失礼なことを云った奴がいました。K子は傷ついてそれ
きりクラス会に出席しなくなりました。
でも、良いじゃないですか。K子さんの美しさは、かっこ好いカラヤンがわたしの記憶に
焼き付いているように、みんなが憶えているのだから。

そうK子にはいってやりたい。年の功でこんな台詞も口にできるようになりました。ジイさんの

ささやかな贈り物です。