mv

2016年3月23日 2:32 AM

プレイヤーと観客

高校野球センバツ大会がいまは花盛りです。約2週間の大会期間中、昼間は
テレビをつけるといつも試合中継をやっています。わたしのような野球好き
にとってはありがたい日々です。じっさい咋今のテレビはお子様や主婦向き
の番組が多くて、年寄りは何を見れば良いか困ります。
今日はいつも通りAM9.40に1度、目がさめました。いつもAM3~4時
に寝る習慣なので、この時間に起きてもまだ眠いのです。
TVはセンバツ大会の3日目、明石商業対日南学園を中継していました。何と
なく安心してわたしは改めて眠り、TVの騒音の影響で自分が野球をやっている夢を見ていたのです。つぎに起きたのはAM11.00でした。試合は3対
2で明石商が勝ったらしい。応援団は大騒ぎです。
スタンドを埋めた2万を超す観客を見て、わたしは同じ西宮市にある対照的な
一つの会場を思い出しました。
それは阪急西宮北口駅付近にある「兵庫県立芸術文化センター」という音楽堂です。先週の金曜日、わたしはその音楽堂の小ホールで行われた延原武春指揮のテレマン室内オーケストラによる「ウイーン古典派の巨匠たち」というコン
サートを聴きに行ったのです。
曲目はヴァンハルの交響曲、モーツアルトのピアノ協奏曲21番、ハイドンの
交響曲第94番「驚愕」などでした。聴きものはモーツアルトの協奏曲21番
で、演奏はいま売り出しのチエンバリスト高田泰治に延原武春指揮のテレマン室内オーケストラが伴奏という組み合わせでした。高田泰治は日本とドイツを
年に何度も行き来して日本では稼ぎ、ドイツでは修業中なのだそうです。
高田氏の独奏はフォルテピアノを使っただけ珍しい音色でメリハリに富み、若
いだけに情熱的で、やがて日本一の奏者になるのが確実と思わせるデキでした。
すごいのは指揮者の延原氏で、わたしより10歳ほど年下の老体ながら、飛ん
だり跳ねたりの熱演でモーツアルトの若さを存分に再現していました。
「兵庫県立芸術文化センター」は大、中,小に分かれています。小ホールは席数200程度ですが、大ホールは2000席ほどあるはずです。
4万名の観客が入る甲子園と200席の芸文センター小ホールの並存するのが兵庫県の凄いところだと私は思います。4万名の見守る甲子園で溌剌とプレーする選手たち。70代になっても元気に指揮をとる延原氏。
どちらもプレイヤーの歓喜が全身からあふれています。彼らを見ていると、い
つまでも観客でいてはアカン。グラウンド(またはステージ)に立って多くの
人に認められない限り生きている価値がない。そんな気になります。
小説家にとって著書はプレイ。読者は観客。甲子園と小ホールを見比べたあと、わたしはつくづくそう思いました。
わたしはもう野球のできる年齢ではありません。指揮棒を振ろうにも素養なし。
こうなったら死力をつくしてオモロイ小説を書き、観客のミナサンから拍手を
浴びるのだけがわたしの生き甲斐になります。
観客はわずかでも、ステージに立って棒を振っている間は長生きできます。そこには言葉に尽くせない歓喜がある。延原さんの指揮ぶりを見てつくづくそう
思いました。わたしもあと何年かは生きて頑張るつもり。メイワクかもしれないけど。
 

  • 喜多村健二

    40年ほど前になりますが、阿部先生には新地でお目にかかったり、担当していた番組に何回か出演していただきました。先生の作品では「それぞれの終楽章」、「焦土の野球連盟」が好きでした。いつまでもお元気でいてください。