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2011年4月20日 2:03 PM

プロ野球1

3日前よりインフルエンザを発病、高熱と咳ですっかり消耗しました。毎週金曜日更新の公約を早々にヤブって赤面の至りです。
12日よりプロ野球がセ、パ両リーグそろって開幕しました。セ側は規定方針通り3月25日開幕を主張したようだが、「こんな時期にプロ野球どころじゃない」「「セ、リーグば節電に協力する気がないのか」など世論の袋叩きにあってしぶしぶ撤回したようです。。
横車を押し通そうとしたのは例によって巨人,追随したのは阪神。むかしに比べてプロ野球人気はガタ落ちなのだが、球界の両雄は現実を直視する勇気がなくむ かしのままに振舞いました。だが、世間はそれをゆるさなかった。両球団のこのありさまにはプロ野球の凋落の決定的な兆候が見て取れます。
敗戦後 3が月の昭和20年11月下旬、神宮、桐生、西宮ではやくもプロ野球の東西対抗試合がおこなわれた。東西対抗といえばオールスター戦のようだが、実情はポ ツリポツリ復員してくる選手たちをなんとか人数分かきあつめた興行でした。当時はろくに食う物もなく、スシ詰め列車に窓から出入りし、東京大阪間を約20 時間かけて移動するひどい状況での興行だったのです。男の観客は一様にヨレヨレの国民服、たまにいた女の観客は例外なくモンペ姿。選手も観客もともに極貧 だったわけです。
この事例を読売の著名なドンはもちだしたらしい。
「戦後のだれもが食うや食わずの時代でも球場は満員になった。敗戦でうちひしがれた日本人をプロ野球の選手たちが元気づけ、励ましたのだ。東日本大震災で日本人が呆然自失のこの時期こそプロ野球は例年通り開幕するべきだ」
過去の栄光にすがりたい老人の気持ちはよくわかります。だが、ドンの現状認識には賛成できない。敗戦直後、日本人はたしかに極貧状態でした。街は破壊さ れ、失業者や戦災孤児がどの都市の駅にもあふれていました。だが、人々の心は明るかった。なんといっても戦争が終わり、近い将来自分も死ななければならな いのか、という不安から解放されたのです。自分だけでなく、家族や友人たちも重苦しい死の恐怖から解放された。これからは復興のため一途に働くことができ る。頑張ろう。日本人はそう思っていた。そこへプロ野球の東西対抗戦である。躍動する選手たちに自分らの姿を重ね合わせて彼らは試合に大歓声を送ったので す。
今回は震災に加え、原発事故の影響がいつまでつづくか見当もつかない。多くの日本人がなんとか被災地に力を貸したいと思いながら、現実には なにもできずにいらいらしている。敗戦直後のように「これから良くなる」という保障が何一つないのです。わたしたちは被災地の復興に何一つ貢献できない引 け目と苛立ちを抱えてプロ野球の開幕を迎えました。。敗戦直後の日本人がプロ野球によって元気つけられたのはたしかだけれど、いまの時代、セ、リーグの希 望通り3月25日に開幕していたら、「被災地に元気を」なるスローガンのもと例年どうりの利益を得ようとする興行側の偽善の片棒を担ぐことになって、盛り 上がりはもう一つだったはずです。、当初球場は満員になったかもしれないけど、ファンの野球離れは確実に進行したことでしょう。
4月12日、被 災地の復興のさまがぼつぼつ報道されるようになり、両リーグは開幕しました。早大ドラフト一位3人組、中大沢村拓一ら有望新人の加入もあっておおいに盛り 上がりそうなものだが、ワクワク感はいま一つです。やはり、自粛の雰囲気は消えていない。選手たちも大震災が頭にあって、判で捺したように「被災地に元気 を与えたい」「励ましになるよう必死でプレーします」などとコメントする。
ここへきて大震災に直接の関係のない者はそれぞれの生業に全力を投入 して、そうすることで日本全体の国力の向上に尽くすべきだとの考えが一般的になってきました。わたしたちは目立たぬ場所でそれぞれの小さな努力を積み重ね て生きてゆくしか、いまのところ「国難」に対処するすべはないのです。
敗戦後のプロ野球はラジオと活字媒体で伝えられました。名選手には人々が イメージしやすいようあだ名がついていました。赤バットの川上哲治、青バットの大下弘、七色の魔球の若林忠志、ジャジャ馬の青田昇、猛牛の千葉茂、機関車 の藤村富美男。わたしたちは写真や新聞雑誌、ラジオの実況放送をたよりにかれらのイメージを描き出し、敗戦で消えた英雄豪傑への憧れをみたしたものです。 選手たちもそれ応えて平凡な打球をさばくさいも観客の印象に長く残るようなプレーを心がけていました。吉田義男は彼がゴロをとった瞬間もう一塁送球をすま せていると見えるプレーで著名だったし、広岡達朗はどんな難球だろうと優雅そのものに処理して、わたしたちをうっとりさせた。川上は『打撃の神様」然と格 調高くライナーを打ち、大下は仇名の「ポンちゃん」そもまま大空と悠然と消えるようなホームランを連発した。『名人芸』により選手たちは自己主張をし、観 客は{名人芸〉に酔いしれて日ごろの鬱憤をわすれて家路につく。開幕日は選手と観客の一体感をたしかめる日でもありました。
いまは映像の時代で す。スター選手の姿は等身大で毎日のようにテレビにとりあげられる。それもプレーではなく談話中心です。如才なくこなす選手が人気者になる。いまの選手た ちはかつてのスター選手のようにグラウンドで目立つ努力をしなくなった。基本どおりの正確無比のプレーを心がけるようになった。変に観客を意識すると監 督、コーチがら怒られるのだろう。だが、おかげで試合前にスタンドからグラウウンドを見渡しても、よほどのスター選手や白人選手以外、「あ、川上だ、藤村 だ」と色めきたつことなどなくなりました。。
かって川上哲治も藤村富美男もインタービューは上手でなかった。プレーにおいてのみ彼らは自己主張を していた。長嶋茂雄も王貞治もグラウンドで人生賛歌をうたいつづけた。そして現代の芸能人化した選手たちとむかしの無愛想な英雄豪傑のどちらが観客の記憶 に残るかというと、まちがいなく後者でしょう。一つのスーパープレーのショックは愛想の良い談話などよりずっと強力なのです。
ともかくプロ野球は開幕しました。ルーキーらの活躍でそれなり面白いけれど、わたしはとうしてもプロ野球の前途に暗い影がさしている気がしてなりません。次回はそのことについて語ります。