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2011年4月29日 2:04 PM

ボランティア(1)

定年退職したおじさんたちが、若者たちにまじってバスで東北の被災地へボランティアにいった様子をテレビで見ま した。定年退職者といってもまだ体力に充分自信のある六十代の人々で、人助けの意欲に燃えて表情も言動も生き生きしていました。。定年後というのはそれぞ れが今後の生き方を模索せねばならない第二の青春期で、ボランティアという意義ある仕事にめぐり会った点、おじさんたちは幸福だったと思います。数日から 十数日にわたって社会奉仕に全力投球した経験は、漠とした定年後の生活に貴重なかがやきを付け加えるにちがいありません。

わたしの長年の友人、 元テレビキャスターの山本健治氏はわたしよりも一回り年下だが、若いころから数々のボランティア活動に従事してきました。今度の大震災は交通規制などでま だ現地入りしていないようだが、各地で募金活動をしたり、ボランティアを支援したり神戸淡路大震災当時と同様、救援に大車輪の働きをしているようです。ほ かにも彼は新大阪駅東口の清掃を16年間つづけたり、小中学校のトイレの清掃運動を率先して実行したり、地道な活動をつづけています。この奉仕活動への盛 んな情熱がどこからくるのか、以前からわたしは知りたいと思っていました。
被災地へおもむく定年退職者たちを見たのを機会にわたしは山本氏に訊 いてみました。彼の話によると50年前に亡くなった母上の薫陶のおかげで社会や社会的弱者のために尽くす喜びを知ったということです。彼の母上は滋賀県出 身で、近江の偉人中江藤樹の知行合一の思想に共鳴し、それを信条にしておられたとか。幼児教育の大切さをわたしはあらためて知ると同時に、母上が早逝され だだけにその教えが深く心に刻まれたのだろうと理解しました。じっさい彼のするようなほんもののボランティア活動なんて生半可な覚悟でできるものではあり ません。喜びをもって自発的に実行するのでなければ意味がないし、長続きもするわけがないのです。小学校の教育課程にいれてはどうかなどとわたしは考えて いましたが、本質を知らぬ愚見でした。、いま日本中にひろがっているボランティアの潮流はもちろん自発的であり、従事する人々の喜びでもあるのですが、願 わくは一時の自己満足に終わらず、以後ずっと日本の風土となってほしいものです。
ではおまえ自身はいったい何をしたんや。そういわれるとわたし は返す言葉もありません。やっと風邪が治ったので真似事でもやってみようと思って関係機関へ問い合わせたりしたのですが、連休期間中は特に希望者が多く、 個人の申し入れはほとんど相手にされません。ボランティア保険に加入が必要といわれ、年齢を告げたら「そんなお年寄りにつとまるほど甘いもんではありませ ん」といわれました。このときになって昨年天王山へ登ったさいの惨状を思い出しました。学生時代散歩気分で何度も登った京都の大文字山より低いというので 気軽に出かけたのですが、思いのほか峻険で頂上が遠く、ぶっ倒れそうなほど疲労困憊しました。年をとってこんなに弱ったのかと骨身にしみて自覚しました。 なるほとこんな心細い体力ではボランティアどころか邪魔になるだけと納得させられたのです。
というのは実はていの良いいいわけなので、よく考え てみると、たとえ街頭募金のような軽労働のチャンスがあったとしても、わたしは二の足を踏むにちがいない。他のために尽くしたいという心情と、じっさいの 行動の間には深い溝があるのです。とても山本氏のように社会のための労働を自分の喜びとするわけにはいかない。これはなぜか。なんで溝が生じたのか。
考えたすえ、わたしは自分のなかにあるイヤラシイ意識に気づきました。おれは頭脳労働者。肉体労働に向かないという思いが心の底にあったのです。はっきり 気づいてガクゼンとしました。そして、そもそもどこからこんな思いあがりが生じたのか自己分析した結果、一つの答えを得ました。これを語りだすと長くなる ので次回にゆずります。
ともかく今日は定年退職者のボランティアを見たおかげで、いろんなことに気づかされました。定年後をどう生きてゆくか。このテーマはずっとかかえてゆくつもりです。