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2014年2月11日 2:25 AM

仰天だらけの2日間

2月8日土曜日、甥の結婚式出席のため上京しました。式は9日朝からなので
1泊の要あり、前日出発したわけです。
何の因果か8日は大寒波が襲来して西日本は大雪、関東東北も大雪で、新大阪
では列車が軒並み1時間前後の遅れです。最初から大いに士気阻喪しました。と
ころがわたしの乗る列車だけが岡山発で15分の遅れで済むというアナウンスが
ありました。やれやれ。胸を撫でおろして乗車しました。
発車後関西から東海地方にかけては晴天で、大雪情報が他人事にきこえます。
ところが列車が小田原をすぎるあたりから雪が降りはじめ、すぐ猛吹雪に。列車
は徐行を開始し、ガゼン不穏の気配になりました。結局1時間以上遅れて品川着。駅の近くの品川プリンスホテルまで雪中を抜き 足差し足歩く羽目になりました。転んで怪我したら目も当てられません。おっか なびっくりの行軍でした。トシを嘆くことしきり。 6人兄妹揃って夕食会にはなんとか間に合りました。 ホテルは途方もない広さでした。大講堂のようなロビーにカウンターが数か所 あってチエックインに手間取りました。広大なそのロビーにはワンサカ人がいて
駅のコンコースのようです。通常のホテルとは違う雰囲気なので、田舎者のジイ
サンが街へ出てきて戸惑っている気分でした。
このホテルはメイン、アネックス、イースト、Nの4つの巨大ビルがあって順
番に建て増しされたのだそうです。3700だか3800だかの客室のほか水族
館、映画館、テニス場、プール、ゴルフ練習場、ショッピング街などがある多目
的ホールだそうで、通常のホテルを念頭においていわたしが無知なのでした。
巨大すぎるホテルも困りもので、ちょっとお茶を飲むにもタバコを吸うにも迷
路のような長い廊下を通りエレベーターを乗り換え、ビルからビルへ移動せねば
ならず、大閉口でした。ともかく弟妹らと食事会を終え、禁酒中なのでほどほど
に飲んでベッドへ。建物が豪華なわりに部屋は簡素でビジネスホテルに近い。な
んだか本末転倒の気配がありました。
あくる日は朝10時ごろから挙式。水族館のなかの式場で、壁や天井のガラス
の向うを大小の魚がのどかに泳いでいます。じんべい鮫やマンボウが悠然と泳ぐ
そばで新郎新婦が誓いの言葉をのべたり、キスしたりするのには感嘆しました。
ここで挙式するのが花嫁の夢だったとか、われわれ世代には想像もつかぬ感性で
す。こんな風に新規なものが世を追っていろいろ出現し、人の感性も変ってゆく
のでしょう。
翌日の披露宴の盛大なのには仰天しました。親族、親戚以外の一般客が約1~
150人。大部分が新郎新婦が勤務する家庭裁判所の上司、同僚だそうです。偉
い肩書の人がスピーチしてました。45年ぶりの豪雪の日にこれだけの人がよく
きてくれたものです。新夫婦がそれだけ有望なのでしょうかね。
わたしたちが結婚するときは、場所が秋田だったせいもあるけど、会社の人間
なんか呼びませんでした。結婚は私的な催しで、仕事の場とは関係がなかった。
同僚を呼ぶにしても2~3人がせいぜいでした。それが普通だったと思います。
だが最近は違うようです。「披露宴」という言葉そのまま、職場内に結婚した
たことを広報する必要があるようです。家族的なのかどうか、裁判所の特別な人
事関係なのか、職員の私生活がそれだけ尊重されているのかよくわかりません。
結婚するのが難しい時代だから、職場をあげて祝うのが最近の風潮なのですか。
だれかお教えいただきたいものです。
新郎新婦の生い立ちや馴れ初めの映像の公開、ケーキカット、御礼の挨拶など
など定番の行事を新郎新婦は照れることなくやってのけました。いわゆるデキチ
ャッタ婚であることを新郎が発表したのにはびっくりしました。考えてみると、
新婦が出産休暇を取る必要上、発表せざるを得なかったのかもしれません。いず
れにしろ脚光を浴びて二人には忘れられぬ日になったことでしょう。
新郎はわたしの末の妹の次男坊で、30歳です。まだ独身の兄と弟が各一人い
るのです。数えてみるとほかの弟妹にも各一人、30代で独身の男や女がいます。
「おれの知り合いに適齢期の男も女も何人かいる。なんとかしてやるよ」
酔って勢いでわたしは兄貴風を吹かせてしまいました。さて、この始末はどう
つけるべいか。長男はつらいよ。読者の方、お近くに適齢の男女はおりませんか。