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2013年12月31日 4:17 PM

大晦日、思い出すなあSPレコード

早いもので今日は大晦日。歳をとると月日のたつのが速いとはよくいわれることですが、全くその通り。昨年の正月から1週間ほどしかたってないような気がします。
ことしはわたしと妻がそれぞれ入院。多難な一年だったのですが、すぎてしまえば、記憶の片隅に残るだけ。歳月の足の速さだけが身に沁みます。
大晦日といえば紅白歌合戦、除夜の鐘、年越しソバ、初詣が定番ですが、わたしは紅白の裏番組の第九の演奏会を聴きます。そのつど、ああ今年も参加できなかったなあと悔やむのです。千人の合唱とかいってベートーヴェンの第九を歌う群衆の中に一度加わってみたい。長年そう思ってきました。でも、歳をとるにつれて出不精になるから、もうチャンスはないかもしれません。
わたしは中学3年でクラシック音楽に目覚めました。級友の家で手回しの蓄音機でベートーヴェンの「運命」「英雄」「田園」「合唱」などを聴いたのがきっかけです。その級友は兄が弘前の旧制高校生で、クラシックに開眼してSPレコードを買い込んでいたのです。
当時SPレコードは高価でした。父親が失業中だったわたしには到底手が出ませんでした。
級友の家へ日参してベートーヴェン、シューベルト、ショパンなどに馴染み、いっぱし高い教養を身につけたつもりだったのです。
高校一年のとき、ある雪の日、わたしはその級友ともう一人の硬派の級友の三人で街をぶらついていました。
何気なくレコード店へ入りました。店員がだれもいない。わたしは二人に合図して盾になってもらい、ショパンの練習曲集のアルバムをマントの下に忍ばせました。成功、成功、大成功。わたしたちはホイホイとよろこんで外へ出ました。
ところが「こらァ待てェ」と怒号を発してレコード店の番頭が追いかけてきました。店の奥でわたしたちを見張っていたのです。
わたしたちは警察に連行され、取調べをうけました。調書をとられるとき、係りの刑事が
「な、なんだと。もう一遍しゃべれ。シ、シヨパンのエ、エチュード。何だそりゃ」
と、しどろもどろでした。
田舎巡査め。なんも知らねえくせに。わたしは肚のなかで笑っていたから、困った高校生
でした。
主犯のわたしは転校退学、二人の級友は停学処分となりました。その間担任の教師や校長、父母、家庭裁判所の判事などに説教されたのですが、誰一人ショパンを知りませんでした。万引きした物品が芸術作品であることを誰も理解せず、ただ犯行を咎めるだけ。
こっちが悪いのは百も承知だったけど、生意気盛りのわたしとしては、恐縮する半面やっぱり田舎はアカンなあと大人たちを軽蔑したものです。
その件でわたしは家庭裁判所に父親とともに出頭しました。
「すみません。貧乏しているもんですから」
父が判事に頭を下げるのと見て申し訳ない気持で一杯でした。
ところが帰り道で父は、
「お前のおかげで田舎判事に頭をさげされられた。金持ちの真似をしやがって」」
とわたしに文句をいいました。
わたしはなんだか当てが外れ、申し訳ない気持が消えました。東大出の父としてはよくよく悔しかったのでしょうが、やっぱり父も俗物だな、と生意気にも思ったものです。でも音楽鑑賞をたんに金持ちの真似としか認識しなかったあたり、父にも非があったと思うのです。たしかにクラシック音楽は富裕層のたしなみでした。それと教養。あの世界にくわしいだけでわたしはインテリの仲間入りしたつもりだったのです。
後年指揮者の小林研一郎氏にこの話をしたところ、
「よっぽど音楽が好きだったのですねえ。かわいそうに」
と大いに同情してくれました。うん、プロは違うとナットクしたものです。

まったくクラシック音楽の世界は憧れの世界でした。学生時代、近所の女性がベートーヴェンのソナタを練習しているのを毎日聴いて京都の文化レベルの高さに満足したり、邸宅街の小倉町を歩いてピアノの音をきいて美しい令嬢を思い描いたりしたものです。頑張ってなんとか小説家になれたのも、音楽からエネルギーをもらったせいもあるようです。 後年、小遣いに不自由しなくなってから、どんどんCDを買いました。少年時代の仇討ちの気持がどこかにあったのでしょう。忙しくてコンサートには年に数度しか足を運べなかったけど、CDで音楽は聴いていました。自由に買えるようになったのがうれしくて衝動買いすることも多かったのです。
そのうちLDが発売されました。オペラの鑑賞には絶好の媒体です。いろいろ買い込みました。この文章を書くにあたって調べてみたら、世の定番オペラのほかショスタコビッチの「鼻」、ヤナーチェクの「死の街」、バルトークの「青髭の家」など珍しいものもありました。でもLDの時代はすぐに終って今度はDVDだそうです。

携帯電話につぎつぎに新モデルが出て追っかけるのがしんどくなるのと同様、きりのない感じ。いろんなところでレコード産業に利用されていたようです。
しかし最近CDが安くなりました。稼ぎの減った老人にとってこれは明るいニュースです。また衝動買いの季節がめぐってきたようです。
とりあえず今夜はNHKの第9を聴いて初詣に出かける予定。第9をじっくり聴くと若返った気分になります。ボケがきて、SPレコードの代りにDVDを万引きしたりしないよう注意せにゃいけませんな。

 

  • 石川正尚

    毎週、楽しみに拝読しております。どうか良いお年を、お迎え下さいませ!