妻が今浦島になった日

妻が今浦島になった日
12月15日妻が大阪市大病院を退院。幸い経過良好のようで、コルセットをつけたまま動き回っています。
病名は腰椎変性すべり症、腰部脊柱菅狭窄症というらしい。2か所を手術したようです。
入院前は動くたびに痛がっていたのに、いまはケロリとしたもの。手術を担当した豊田先生初めスタッフのみなさまに心からお礼をも申しあげます。
3週間におよぶ独身生活からわたしは解放され、やれやれといったところですが、独居老人の繰り言なんかいまさら反復する気はありません。それよりも帰宅して間もなく妻のもらした、
「うわあ、寒いのね今年は」
という一語がオモロかった。今浦島、いや入院浦島というのがこの世にはいるのですね。
今年の寒さは異常です。関西の冬とは思えないくらいです。でも、そんなことはだれでも感じることで、いまさら話題にもなりません。しかし、暖房完備、外出の必要もなく3週間入院生活をつづけた妻には、外界の異常な寒さが新鮮だったのです。フィリピン生き残りの横井サンや小野田サンとは比べようもないが、入院浦島であることは確かです。
まったく今年の寒さはひどい。エジプトで雪が降ったそうです。中学、高校を秋田ですごしたわたしにとってもこんな寒さは記憶にありません。
秋田へ疎開した当初は村の子供が雪だるまや雪合戦に縁がないのを不思議に思ったものです。だが、こんなに大雪つづきでは雪と遊ぶ気になれまいとすぐに納得しました。
家々の軒から下がるバカでかいつららにも、便所の排泄物が凍って小さな山積みになったりするのにもすぐ慣れました。
きびしい寒気はさほど苦になりませんでした。なによりも野山や町が雪に覆われると空気が清浄です。夜、外を歩いていると、ゴミ一つない澄んだ夜気が口から入って体内を清めてくれるようで、ほんとうにさわやかな気分でした。。
わたしは野球シーズンが終わると町の合唱団に入っていました。練習日は毎週土曜の夜でした。ヘンデルの「ハレルヤ」やモーツアルトの「アヴェヴェルム コルプス」を練習して外へ出ると、厳しい夜気に快く顔を冷やされてなんだかとても高尚な時間をすごした気分になったものです。
寒気は身を引き締めてくれます。受験勉強のときなど、炬燵の上に板敷をおいて教科書をひらくのですが、脳みそがキリリと引き締まる感じで能率が向上しました。小説家になってからも北国で暮らしたほうがオモロイ作品を書けたかもしれません。
何十年か前、わたしは仕事で北極へいったことがありますが、外を見物してバスにもどると強烈な眠気におそわれるのでびっくりしました。外界の極寒と、ストーブで温められたバス内の空気の温度差が血圧の急降下をまねいたようです。このときわたしは冬の受験勉強を思い出して、まだ中年だったけれど、おれもトシだなあとしみじみ感じたものです。
多くの疎開っ子に苦労のたねだったのは寒さよりも秋田弁です。寒いのでなるべく口をひらかずに発音するのが、秋田にかぎらず東北弁の特徴なのです。歯切れの良い東京弁や、やわらかな関西弁は疎開っ子の証拠なので、しゃべると孤立します。わたしたちはなるべく隠そうとして俄か仕込の秋田弁を話したものです。。
わたしは一か月で秋田弁をマスターしました。案外音感が良かったのかもしれません。何か月かぶりで様子を見に来たわたしの父が、
「おまえ、すっかり秋田弁だなあ」
とおどろいていたほどです。
わたしは最近しゃべると発音が秋田弁ふうになってあわてることがあります。今年の寒さのせいであまり口をひらかずにしゃべるせいかと思ったら、たんに入れ歯のズレのせいでした。寒さのせいで出不精になってもいるようです。なるべく外出を心掛けたい。さもないと、わたしも今浦島になりかねませんからね。