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2012年7月25日

寝言(10)

「おい圭之介、町方の者だ。ここをあけな。おめえがいるのはわかっている。居留守をつかうなら、戸をやぶって押入るぞ」

すると表戸があき、色白の若い男が顔を出しました。

「あ、あっしじゃありません。あの家をたずねたとき、お、お静はもう――」

死んでいた、と圭之介は申し立てました。

歯の根もあわない風情です。

逃げられないよう亀蔵は圭之介に縄をかけて家さがしをしました。二階に血の汚れを洗ったらしい濡れた小袖が干してあるのを見つけました。流し台の出刃包丁には使ったあとがありません。。

玄関で亀蔵は聴取りをしました。

圭之介はいつものようにお静の家の格子戸をあけ、玄関へ入ってお静と赤ん坊の遺体を発見したのです。仰天して立ちつくしたところへ背後に人の気配がし、ふり返ったとたん右の横面を強打されて目がくらんで倒れてしまいました。なにがなんだかわかりません。撲った男が覆面だったのを、ちらと目にとめました。

圭之介は気を失っていました。どのぐらい時がたったかわからない。気がつくと、玄関の土間の血だまりのなかに倒れ、手には出刃包丁を握っていたということです。

遺体が目にとまると、圭之介は自分のおかれた立場に気づきました。自身番へ駆けこんでも、覆面の男に撲られて気を失ったなど信じてもらえないだろう。下手人だと思われるにきまっている。に、逃げなくては。

あわてふためいてそう考えたのです。さいわい夕刻でした。近くに人影のないのをたしかめて、圭之介はお静の家を飛びだし、出刃包丁を小袖にかくして近くの川へ捨てました。無我夢中でなんとか自分の家へ帰りついたということです。

「――覆面の男に撲られて目を回したなんて、白々しいにもほどがありまさあ。生っ白いおとなしそうな男だが、あんな男にかぎってむごたらしいことを平気でやります。血の匂いが好きなんですかね」

話のあいだ、亀蔵は顔をしかめていました。

惨殺されたお静の姿が、頭に灼きついているようです。

「圭之介はなぜお静を殺したのかね。相惚れだったと女中はいっていたが。なにか手掛かりになるネタを口走らなかったか」

「気がつきませんでした。そのあたりの詮索は旦那のご領分でござんしょう。あすの調べで明らかにしておくんなさいよ」

話が一区切りついたので、大二郎は立っていって酒肴の支度を母にたのみました。

すぐに八重は徳利と料理を三品ばかり運んできてくれました。用意ができていたのです。

「おそくまでお役目ご苦労ですね。あまり精を出して体をこわさないように」

八重は大二郎と、かしこまる亀蔵に酌をして部屋を出ていきました。

「いいなあ、やさしいお袋さまと二人暮しだなんて。あっしなんざ家には口うるさえ女房にガキ三人がいて、帰ってもちっとも気が休まらねえんですよ」

嘆いて亀蔵は盃を干したが、顔は子福者のよろこびでたるんでいたのです。