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2012年7月25日

寝言(11)

あくる日、大二郎は南芽場町の大番屋で、人形師圭之介の調べにあたりました。

圭之介は二十二歳。品川の建具職人の伜で、十五のときから人形師に弟子入りしたということです。

最初は住込みだったが、昨年春から通いの職人になり、長屋で一人暮しをはじめました。

お静と知りあったのは、四年まえ、まだお静が吉原の花魁だった時分でした。親方のお供で人形を納めに遊女屋を訪れて初めてお静を見たのです。世の中にはこんなに美しい賢そうな女がいるのか、と圭之介はただ固唾を呑んでいました。

当時のお静は部屋に数多くの人形を飾っていました。でも、どの人形よりもお静は美しかった。人形はみんなお静の引き立て役でしかありませんでした。その日から圭之助の脳裏には、お静の顔が灼きついて四六時中消えなくなったのです。

以後、二度ばかり圭之介はお静のもとへ人形をとどけにいきました。毎晩お静の夢を見ましたが、花魁は一介の職人には高嶺の花どころか雲のうえの天女です。仲よくなれるなど夢にも思っていませんでした。

昨年の暮近く、圭之介は木挽町の芝居小屋でお静とばったり顔を合わせました。お静はすでに落籍されて、呑気な妾暮しをしていました。

女中のくみをお静はつれていました。芝居見物のあと芝居茶屋で三人で飲み食いし、すっかり親しくなりました。

圭之介は精根こめて京踊りの人形をつくり、お静の家へとどけました。子供ができてお静は人形道楽をやめていたが、大よろこびで圭之介の人形をうけとったようです。

以来、圭之介訪れる日には、くみは小遣をもらってあそびに出るようになりました。圭之介ば、雲のうえの天女と戯れる夢がかなって、申し分なく倖せでした。

「あっしはね、旦那、お静さんと会っているときだけが極楽だったんですよ。あの人と出会ったおかげでしがねえ職人暮しに張りが出てきました。そのお静さんを、なんだってあっしが殺さなくちゃならねえんですかい。赤児まであんなにむごいやり口で。あっしは鬼でも畜生でもありません。まっとうな職人でございます」

途中から泣いて圭之介はいい張ったのです。

嘘をついているようには見えません。だが、大二郎も立会いの亀蔵も涙に心を動かされたりはしませんでした。人間、せっぱつまれば、だれだってこれぐらいの芝居はします。一々真に受けていたら調べになりません。

ややあって圭之介は弁明をつけ加えました。

「旦那がた、あっしとお静はしんそこ惚れあっていたんですよ。お静がやがて青島屋からひまをもらったら、夫婦になって人形の店を出そうといいあってました。いつの日のことか、見当もつきやしませんが――」

職人が店をもたせてもらえるのは、四十になってからというのが相場です。

妾奉公のおひまが出たら、応分の手切金が出ます。それをもとに店を出そうと二人は約束していました。

つまりお静は圭之介にとって、二十代で自前の店を出す夢をかなえてくれる相手でもあったのです。そんなお静を圭之助がなぜ殺さなくてはならないのか。

大二郎はもう圭之助をシロと見なしていました。

「お静の家の玄関で、おまえ、覆面の男に横面を撲られて気を失ったらしいな。そのときのことをくわしく話してみてくれないか」

圭之介をみつめて大二郎はうながした。

「は、はい。とっさのことで、あっしもよくおぼえちゃいねえんですが」

圭之介は記憶をたどる表情になりました。

惨劇の場にぶつかって茫然と立ちつくしたとき、うしろに人の気配がしました。ふり向いたとたん、覆面の男に右の横面を強打されて気を失ったという以外、なにも浮かんでこないようです。

「その男は素手だったのか。なにか鈍器のようなものをもっていたのか」

大二郎は目を光らせて訊きました。

圭之介の横面には傷がありません。樫の棒かなにかで失神するほど撲られたら、肉が裂けるか腫れるかするでしょう。それがないのは拳骨で撲られたからですかね。だが、岩ノ松のような相撲とりでもないかぎり、拳固の一発で相手を気絶させられるものではなかろう。

「さあ、どうでしたか。なんにももっていなかったような気がします。棒とか杖とかは目にとまりませんでした」

心細そうに圭之介は答えます。

「すると相手は相撲とりのような大男だったのか」

「いいえ、背はあっしよりも低うございました。しかし力は強かったです。あっしがふり返るなりガーンときて、目から火が出て、それきりなにもわからなくなって」

大二郎はだまって圭之介をみつめます。

嘘をいっているようには見えないが、なっとくできる話でもありません。

しばらく沈黙がつづきました。いたたまれなくなったとみえ、圭之介はおそるおそる口をひらきます。

「旦那さまがた、いま思いだしたのですが、あっしを撲ったのは覆面の男じゃなかったかもしれません。もう一人仲間がいて、あっしがふり向いたとたん障子の陰から飛び出して、うしろからガーンと」

「なんだって。仲間がいたと」

大二郎はあきれて圭之介をみつめました。

こいつ、虚言癖があるのだろうか。

「いえ、はっきり見たわけじゃございません。でも、いま思うと、覆面の男は撲りかかっちゃこなかったようなんです。それなのにガーンときてなにもわからなくなりました。となると相手は二人だったのかも」

「おい若僧、バカも休み休みいえ。見てもいねえのに、なぜ相手が二人だといえるんだ。てめえ、ほんとは気絶なんぞしてなかったんだろう。顔に撲られたあともねえし、いうことも辻褄が合わねえ。手間をかけずにさっさと吐いちまえ」

横合から亀蔵が叱りつけます。

「い、いいえ親分。あっしはけっして嘘なんかついちゃ

いません。ほ、ほんとうのことで」

「圭之介、いまのところおまえの話は信用できねえな。おまえの身辺の調べがつくまで、逗留してもらうぜ」

いいわたして大二郎は腰をあげました。

大番屋を出たあと、圭之介と平行して青島屋竜右衛門の身辺を洗え、と亀蔵に命じます。

青島屋もですか。亀蔵は首をかしげて訊き返しました。

「まだよくわからないが、どうもあの男が気になる。尋常ならざる気配を感じるのだ。洗えばきっとなにか出てくるよ。おれのカンだが」

「わかりました。念をいれて嗅ぎまわれと下っ引どもに伝えます」

いそぎ足で亀蔵は去ってゆきました。