mv

2012年7月29日

寝言(14)

とりあえず青島屋竜右衛門が唐手をよくするかどうか、調べることにしました。

三月末の晴れた日、青島屋の本店を見張っていた下っ引から、いそぎの報せが入りました。竜右衛門が娘のさちと手代、女中各一人をつれて小石川の水戸屋敷に花見に向かったというのです。本所の瓦町あたりを町廻り中だった大二郎は、いそいで小石川へ向かいました。

竜右衛門らは花見客で混雑する墨田堤を避けて水戸屋敷へ向かったようです。同屋敷の庭には日本各地の名所のほか小盧山、円月橋など唐の花の名所を模した個所があり、庶民も海棠の花を見物できるのです。

大二郎はいそいで水戸屋敷に着きました。竜右衛門らはまだ着いていないようです。

大二郎は亀蔵を見張りに立て、新助とともに海棠の花の咲いている築山のうしろに身をひそめました。

水戸庭園には桜も数多く咲いています。墨田堤とはくらべものにならないが、けっこう数多くの花見客がぶらついていました。なかには地面に毛氈を敷いて酒盛りをする庶民もいます。

大二郎は新助の小つづらから天狗の面を出させてかぶりました。酔った花見客のバカ踊りを装うのです。亀蔵も竜右衛門に顔を知られているので、頬かぶりしています。

待つうちに、見張りの亀蔵が手をあげました。

竜右衛門が娘の手を引き、花を賞でつつ歩いてきます。一行が近づくと大二郎は道へ出て、酔っぱらっいの足どりと口調で、

「やあやあ、かわいいお嬢ちゃん、あんまり可愛いから筑波の山へつれて帰るぜェ」

と、さちの手の手首をつかみました。

「これ、なにをする。やめぬか」

あわてて竜右衛門はふり払おうとします。

お供の手代が声をあげて駆けつけ、大二郎につかみかかりました。が、当て身を食らって、げっと呻いてへたりこんでしまいます。

つぎの瞬間、大二郎のななめ下方から黒いものがあごに飛んできました。

とっさに肘で受けます。死角から蹴ってくると岩ノ松に教わっていなければ、蹴られて倒れるところでした。

二撃、三撃と竜右衛門の足が飛んできます。竜右衛門はくるりくるりと反転し、横から、下から、正面から息もつかさず蹴りこんできました。と思うと、拳の突きが入ります。一つ、二つと大二郎はきわどく身をかわし、機を見て竜右衛門の右手首をつかみ、逆をとりました。

うっと呻いて竜右衛門は背を向けます。その股間を大二郎は思いきりうしろから蹴りあげました。睾丸が体内へめりこむ感触が、一瞬、大二郎の足の甲に伝わります。

竜右衛門は股間をおさえ、声もなくその場へくずれ落ちました。女中が悲鳴をあげ、さちは泣いて父親へ駆け寄ります。近くの花見客がおどろいてあつまってきました。

亀蔵と新助に合図して、大二郎は天狗の面をつけたまま帰途につきました。水戸屋敷の外へ出てから面をとって新助に手わたします。

「やはり竜右衛門は唐手使いだったな。海棠の花が好きなことといい、ありゃまちがいなく唐人だよ。圭之介はあいつに蹴りを食わされて気絶したんだ」

「てェことは、お静を殺したのもあいつだってことですね。畜生め、太ぇ奴だ。引っ立てて締めあげますか」

「いや、まだ証拠がないからな。あの男はしたたかだから、石を抱かせても落ちねえだろうよ。それよりもう一つ合点のいかねえことがある。なんだってあいつはお静を殺さなくてはならなかったんだ」

「そりゃ間男がいたと知ったからでしょう。カッとなってやっちまったんだ」

「そうかなあ。あいつはそんなに無分別じゃないと思うぞ。圭之介に罪をおっかぶせようとしたあたり、一筋縄じゃいかねえワルだ。妾が間男したら、一叩きしてどこかの廓へ売りとばすだろう。そのぐらいはやる男だよ」

納得しきれないまま大二郎は帰宅しました。

母の八重はきのうから風邪で床についています。それでも夕食の支度はしてありました。

大二郎は夕食をすませ、奥の間で書の稽古をはじめました。幼いころから唐様書道にはげんだので、柔術同様に自信があるのです。

半ときばかりたったころ、となりの部屋で寝ている母が、熱にうかされてなにか怖ろしげな声をあげました。心配して大二郎は隣室へゆき、母を揺り起します。

「ああ大二郎。変な夢を見てしまったよ。大きな蛇が台所でとぐろを巻いて、鎌首をあげて睨むの。気味がわるくて助けを呼ぼうとしたけど、うまく声が出なくって」

安心して母は笑い、すぐに眠りました。

そうだ寝言だ。竜右衛門は寝言をいって、お静に素性を知られてしまったのだろう

大二郎はひらめきを得て、胸をおどらせてその部屋を出ました。