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2012年7月31日

寝言16)

およそ一ヶ月後、大二郎が町廻りから南町奉行所へ帰ると、思いがけない人物が詰所で待っていました。長崎の貿易会所出入りの唐通事(唐語の通訳)佐藤幸吉です。

佐藤は江戸南町奉行にあてた長崎奉行の書面をもってきました。南町奉行はすでにその書状に目を通して、大次郎に手渡したのです。

大二郎は控えの間にもどってその書状を読みました。

「大町大二郎の依頼により唐人屋敷などへ訊きあわせたところ、青島竜右衛門は十三年まえに失踪した唐人、竜再道(ロンツァイトウ)だと思われるとの返事を得ました。同人は薬種の抜荷により巨利を得たが、配分をめぐって仲間二人と対立、唐屋敷の敷地内で二人を殺して姿を消した者であります。

抜荷の取引相手である長崎商人に助けられて江戸へ出て商いをはじめたようです。江戸町奉行所の手で竜を捕え、長崎へ送り返してほしいと唐人屋敷側はいっています。

ついては唐通事佐藤幸吉にこの書状を託します。竜再道はたびたび長崎へ来航し、唐屋敷に数年滞在して日本語をおぼえ、唐側の通事の役目をしていました。佐藤通事は竜と知合いです。竜右衛門を一目見れば、彼が竜かどうかを見わけられるはずです」

読み終えて大二郎は大いによろこんで佐藤通事と向かいあいました。

「はるばるご苦労さまです。竜再道とお知合いなのですか」

「はい。竜が逐電するまでは、しばしば会所で顔をあわせておりました。十年以上たっておりますが、会えばすぐわかりましょう」

長崎会所では唐またはオランダ商人が、日本の商人と商談をかわします。佐藤と竜はそれぞれの側の通事として働いていたのです。

唐人は一般にしたたかであつかましい。儲けになる相手にはぺこぺこしますが、人を騙したり裏切ったりするのは平気です。憎悪にかられると、すさまじく残虐になります。お静という女は赤ん坊ともども惨殺されたらしいが、まちがいなく竜再道 が手を下したのでしょう。血を分けた赤ん坊をいっしょに殺せば、自分にかかる疑いが小さくなると踏んだにちがいありません。十三年まえ、彼に殺された二人の男も、正視に耐えない残酷な殺されかたでした。

語ったあと佐藤通事は、青島屋竜右衛門が口走った寝言の意味を教えてくれました。

「不好了(ブハオラ)!快開船(クワイカイチュアン)。快(クワイ)!快(クワイ)!」(ヤバい。船を出せ。いそげ、いそげ)

「你去死(ニーチュイスー)」(てめえ、地獄へ行きやがれ)

「不行(ブシン)。巳経不行了(イージンブシンラ)。啊!媽媽(アー!ママ)。救命(ジュウミン)!救命(ジュウミン)」(だめだ。もうだめだ。ああおっ母ぁ、助けてくれ。助けてくれ)

大二郎は硯箱を出して佐藤通事のいう漢字を書きとり、読み返してなるほどとうなずきました。

「うなされていたんだなあ竜右衛門は。人を殺すとやはり夢見が良くないのだ」

「唐人(あちや)は腹黒じゃけど、やはり人の子じゃいうことですばい。しかし花魁あがりのお妾もけっこう恐ろしか女ですな。寝言を書きとって脅しに使うんじゃけ」

「苦界に身をおけば、いやでもしたたかになるってことでしょう。圭之介と世帯をもちたい一心だったんだ。哀れな話です」

ともかく青島屋竜右衛門がまちがいなく竜再道であることをたしかめねばなりません。

同一人とわかればその場で縄をかける気です。密入国した人殺しの唐人をこれ以上ほうっておけば、またなにをやらかすかわからない。

もう日が暮れています。南町奉行が出かけたあとなので、捕物出役の手つづきは踏めません。当番与力の許しを得て、大二郎が本人改めのうえ竜右衛門――竜再道を捕縛してくることになりました。

亀蔵を呼び、捕物の支度をさせます。用意ができて大二郎は佐藤幸吉のほか亀蔵、新助、下っ引六名をつれて青島屋へ向かいました。相手が唐手使いなので、亀蔵は用心していつもより多く人数をあつめたのです。

青島屋へ着いたのは五ツ(午後八時)でした。近くの商店はみんな表戸をしめているのに、青島屋はまだ商売をやっています。あかりと人声が内部から漏れ出ていました。

大二郎は下っ引たちに家の周辺を固めさせ、佐藤通事と亀蔵らをつれて店へ入りました。

間口十間の店先には客と手代らが十人ばかりいて、銀貨を天秤で計ったり、銭を束ねたり、雑談したりしています。竜右衛門は帳場格子のなかにすわって、難しい顔で帳面に記入していました。

「ニーハオ。竜再道」

佐藤通事が呼びかけ、竜は顔をあげた。

通事と目が合ったとたん、竜は恐愕の表情になり、立ちあがりかけます。

亀蔵と二人の下っ引が帳場格子を越えて竜へ飛びかかりました。あばれる竜を三人がかりで組み伏せ、縛りあげてしまいます。客と奉公人らは茫然と活劇をみつめたまま、声も出せずにいます。

「町方の者だ。ゆえあって青島竜右衛門を大番屋しょっぴいてゆくからな」

大二郎は朱房つきの十手を店にいる者たちに示して、大声で告げました。

竜再道の大番屋送りを亀蔵らにまかせて、大二郎は佐藤通事を近くのどじょう屋へつれていきました。長旅をねぎらわねばなりません。

酒をくみかわしながら、長崎貿易や唐人、オランダ人などの話をききました。

抜荷は相変わらず絶えることがないようです。

竜右衛門の「青島屋」もまれに見る急成長をとげたのは、抜荷のせいだろうと佐藤は疑っていました。

「ご承知のとおり、異国との売り買いに銭を使うのは禁制でごわす。竜は両替であつめた銀を使って薬箱かなにかをこっそり仕入れているのじゃなかろうか」

青島屋の奉公人に抜荷の手伝いはさせられません。やっているとすれば、ほかに仲間がいるはずだと佐藤は見ているのです。

「仲間。そりゃ唐人ですか」

「わからんばってん、幾人かはまじっとるでしょう。唐人はそりゃしたたかですけん、わが国へもぐりこみ、悪事を働くぐらい屁でもなかですよ」

きいて大二郎は、圭之介が素性の知れない男たちに賭場へ引きずりこまれたことを思いだしました。

その者たちも唐人かもしれません。江戸はよからぬ唐人たちの良い稼ぎ場になっているのでしょうか。

しっかり働けよ大二郎。窓の外の街の灯に目をやって、大二郎は自身に活をいれなおしました。(第一話了)