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2012年7月24日

寝言’5)

この家の内情にもっとも通じている女中のくみから、まず話をきくことにしました。

くみは四十近い、見るからに海千山千の女です。お静がこの家に住むようになってすぐ口入屋の世話で奉公するようになったということでした

旦那の青島屋竜右衛門は当初、一日おきにやってきてお静を抱きました。そのまま泊まる日もありました。だが、赤ん坊が生まれてからは、月に四、五回姿をみせるだけになったということです。

青島屋は持ち金三万両といわれる分限者です。一代で財をなしたにしては若く、まだ四十三歳だということです。

分限者にしては頭が低く、人をそらさぬ男のようです。だが、どことなく冷たい感じがするらしい。くみに向かってもよくお世辞をいうが、くみは龍右衛門を好きになれなかったという話でした。

「ケチなんでごさいますよ。月々のお手当てが足りないとお静さんはよくこぼしていました。着物なんかめったに買ってもらえなかったようですよ」

「なるほど。釣った魚に餌はやらぬというやつだな。まして身請けに大金をついやしたとなると」

「そうなんでございます。でもあたし、もともとあのおかたは苦手なのですよ。なんだか気味がわるくて、そばに寄りたくないんです。虫が好かないというんでしょうか」

「ということは、一度くらい手でも握られたのか」

「まさかそんな。思っただけで鳥肌が立ちますよあの旦那はきっとひどいあぶら手でございます。握ったらぬるぬるするような」

そしてくみは泣きそうな顔になりました。

「お静さん、ほんとにかわいそう。あたしが出かけるまではなんの変りもなかったのに」

「きょうは旦那のくる日だから、おまえは出かけたのだな」

追いかけて大二郎は訊きました。

すこしくみはためらいました。そして意外なことを告げたのです。

「いいえ、違うんです。今日お見えになるはずだったのは青島屋の旦那ではありません。圭之助さんという若いお人です」

「なんだって。若い男。お静は間男してたのか」

問い返したものの,大二郎はこの一件がなかば解決した気分でした。

お静をめぐる男同士のどろどろした争いが、人殺しに結びついたのでしょう。

圭之助は人形作りの職人で、駿河町の「さつき」という人形店に通っているとのことです。住まいは人形町の裏長屋であるらしい。

お静が花魁だった時分、圭之助は親方のお供で吉原へ人形の納入にゆき、初めてお静を見て一目惚れしたということでした。吉原の遊女たちのなかには人形を集めている者が何人かいて、お静もその一人だったのです。

だが、一介の職人に手のとどく相手ではない。何ヶ月に一度かの納入のさい遠くから顔を見るだけで、圭之助は満足していました。そのうちお静は青島屋に落籍されて吉原から姿を消しました。

半年ばかり前、圭之助は浅草寺の近くの水茶屋で偶然お静と出会いました。お静はくみをつれて浅草寺にお参りした帰りだったのです。

思い切って圭之助は声をかけ、挨拶しました。お静も圭之助をおぼえていて、話がはずみました。圭之助のつくった博多人形をお静は気に入っていて、いまも奥座敷に飾ってあったのです。

「一度遊びにいらっしゃいな。久しぶりであえてお人形もなつかしがるわ」

圭之助には願ってもない誘いです。

まもなく妾宅をたずねてむかし話に花を咲かせました。

こうなると若い男女の接近は早い。一ヶ月後お静は圭之助の来る日、くみに小遣いをやって外で時間を潰させるようになったのです。

二人はたがいにベタ惚れでした。将来を誓いあう仲になったのです。青島屋からお静が暇をもらったら一緒に人形の店を出そう。そんな約束をかわしました。

妾と別れるとき、旦那はかなりの手切れ金を払うしきたりです。その金をもとでにして店を出すのです。

幸せな未来を夢見て二人は生き生きした顔で暮らしていました。青島屋が近く暇をくれるものとなぜかお静は信じきっていました。

「赤ん坊が生まれてから青島屋の旦那は月に二、三度しか妾宅へこなくなりました。お熱がさめたのだと

お静さんは思っていたようです」

くみの話でお静の男関係はほぼわかりました。

だが、だれがお静を殺したのかは、まるで見当がつきません。

圭之助は将来お静と店を出す気でいました。お静がいなくなると、夢が消えてしまいます。かれが下手人だとはとても考えられません。

青島屋がお静の不貞を怒って殺した疑いは成立します。だが、最近はお静にたいする熱がかなり冷めてきたとくみがいっています。

それに赤ん坊は青島屋の子です。お静が憎かったにしろ、血を分けたわが子まで殺す気になるかどうか。

二人とも潔白だとしか考えられないのです。

大二郎らは妾宅の近所の住人からも代わる代わる話を聞きました。だが、隣人たちはお静の暮らしぶりに

ついて通りいっぺんのことしか知りませんでした。

長屋の住人と違って町家の者たちは隣近所にあまり興味を抱かないのです。

それでも何人かは若い男がときおりお静宅へ出入りするのを目にしていました。お妾が間男するのはめずらしくありません。圭之介の姿を見た者も、青島屋へ告げ口するなどお節介はしなかったのです。

五ツ(午後八時)すぎに青島屋竜右衛門が自身番へやってきました。