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2016年2月11日 1:48 AM

小説家と研究者

2015年の12月、野坂昭如さんが亡くなりました。私が一番敬愛していた
小説家です。追悼文やらこのブログやらに何度か書きました。一番最後にお会いしたときがもっとも記憶に残る夜でした。
あれは2002年のやはり年末だったと思います。久しぶりで彼に会って祇園
の寿司屋で飲みました。途中彼は自分の胸をさして「さわってごらん」といい
ました。云われた通りにすると、シガレットケースのような四角で固いものが
指に触れました。
「ペースメーカーだよ」彼は云って、手術のいきさつを語ってくれました。
不整脈がひどいので病院へいったそうです。すぐに入院、手術ときまりました。
術前に看護師がカタログを手に説明にきました。費用は200万円。看護師は
宣告したそうです。
彼はため息をついて手術を受け、術後銀行で200万円をおろして病院へ支払いにゆきました。すると「70歳以上はタダです」と云われたらしい。
「ジジイになっても良いことはあるもんだね」
彼は云って笑いました。日本の医療システムはしっかりしている。わたしも何
だか明るい気分になったものです。
だか、それから1~2年後、彼が脳梗塞で倒れたとの知らせを聞いたのです。
見舞いに行きたかったけど、夫人に断られました。野坂さん自身も病んだ姿を
他人に見せたくなかったのでしょう。
そのことを書いたブログを見てFさんという女性から連絡がありました。最後に
会った夜、野坂さんは東福寺で講演してきたと云っていたので、Fさんはその関係者かとわたしは思っていました。ところが会ってみると大学院出の超まじめな研究者でした。研究対象は谷崎純一郎だそうです。

谷崎の「春琴抄」は、富商の娘であり三味線の名人でもある春琴と、丁稚上りの店員佐助の恋物語です。二人の仲は春琴がサド、佐助がマゾで嗜虐性が次第に強くなります。
ラスト近く春琴が睡眠中、何者かに顔に熱湯をかけられて大やけどを負わされるのです。 傷ついたその顔を見ないように佐助も針で自分の両目と突いて同じく盲人となるのです。

従来なら美しい恋物語で通った作品です。ところがこれに野坂さんが文句をつけました。美しかった春琴の顔を記憶にとどめるため佐助が熱湯をかけた犯人だと野坂さんが書いたのです。「野坂の一撃」としてかなり有名な事件らしい。
Fさんはかねて佐助の仕業ではないかと疑っていたので野坂説を知って百万の味方を得た心境だったそうです。
わたしは若いころ「春琴抄」を読みました。ちょうどエーリッヒ、フロムの「自由
からの逃走」を読み、サディズム、マゾヒズムなどに多少の知識がついていた ので野坂説と同様、すんなり佐助犯人説にいたりました。
例のペースメーカーにさわった最後の夜、野坂さんはFさんと会う約束があったけど、何かの都合ですれ違いになったそうです。それが事実ならわたしが二人の会うチャンスを潰したわけで恐縮の至り。10余年後やっとお詫びの食事をさしあげたわけです。
Fさんからは野坂さんの「泉鏡花論」コピーをもらいました。名文です。
しかし鏡花といい谷崎といい、文芸書の売れ行きが半減したいまの日本を見て何と云うでしょうか。何とかせにゃいかん、とわたしは志だけはあるのだけど

残念ながら力不足です。
ともかく先夜は小説全盛期の残り香を味わう夜でした。Fさんのようなまじめな日本文学研究者もいることを知っただけで、野坂さんへの良い供養になります。 彼の葬儀に読経が流れなかったことから考えると、供え物は艶色浮世絵集でも良かったかも。