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2013年10月29日 2:07 AM

希望のいう名のニシンソバ

月曜日、京大病院へ検診にいってきました。昼から午後4時ごろまでかかりました。小脳変性、間質性肺炎とも進行せず。当分様子を見ようという診断でした。
変化がなくて良かったと思うべきなのに、なんの手当もされないのが不満になります。
マジメにやってくれといいたくなる。それでなくとも病院では気分が暗くなり勝ちです。
ちょうど妻が大阪市大病院へ検査入院中とあって、何かで読んだ老人の孤独死のことなとが頭にうかびました。
その記事によると、配偶者に早く死なれたり、年とってから離婚したり、生涯独身を通したり、孤独な暮らしの老人は増える一方のようです。わたしは妻よりも5歳年上です。これまでは私が先に死ぬときめこんで、あとのことなんかろくに考えませんでした。平均寿命に男女差がたしか6~7年はあることですし。
でも考えてみると妻も75歳。いつなにがあってもおかしくない年齢です。われわれ夫婦には子供がないので、わたしが一人取り残される可能性もなくありません。
考えただけでゾッとします。食事、洗濯、掃除から経理までずっと妻に任せっぱなして
やってきました。つまり人間が生きるために最低限度必要な作業を妻に担当せさせてきたのです。これを私一人でやり切れるわけがない。最近、加齢で思うように体が動かなくなって、つくづくとその思いが身に染みたのです。妻に先立たれた男はまもなく後を追って
世を去るという話が他人事でなくなりました。
むかし田宮虎彦と云う作家が妻に死なれてベタベタの哀悼小説を書いたことがありました。故人を思うと美点ばかり頭に浮かぶのが普通です。タイトルはわすれたけど、田宮のその小説はまことに美しく、情感にあふれていてベストセラーになりました。
ところがたしか平野謙だと思うけど、ある評論家が、
「男ならだれだって妻に死なれることをふっと願わぬ者はあるまい」
と噛みついたのです。
たしかにその通りです。田宮虎彦は恥じて以後書けなくなったか、書かなくなったかしたということでした。
夫婦を長年やっていれば、配偶者が死んで新しい相手に会うことをだれしもふっと願うことがあるでょう。男でも女でもそれは同様だと思います。そこを無視してベタベタと甘いだけの小説を書くなんて文士の風上にも置けないと評論家は指摘したわけです。
その通りだとわたしは思いました。若かったのです。80老ともなれば新しい相手との恋愛なんか夢物語。願っても無理とあきらめています。わたしだけではなく噛みついた評論家も、指摘されてショックをうけた田宮も同じように若かったわけです。
歳をとって一人生き残ったら、それは淋しいでしょう。独居老人のなかには2週間に1度しか他人と話す機会がない人もいるとのことです。そんなことではボケるのも当然。老人にとっては配偶者と同様、友人も年々大切になります。男は社交性不足で友達ができにくい。この点女房族を見習わなくてはならんでしょう。
わたしは文士だから人生の大半を組織と関係なくすごしてきました。孤独には強いはずです。でも、最近のように世の中からわすれられた存在になると、サラリーマンOB以上に孤独感が身に沁みます。その上病院では禁酒をいわれて救いがなくなりました。。番組をおろされたみのもんた氏の気持ちがわからぬでもありません。
というような暗い気持で、京大病院で半日すごしました。おそい昼飯を食べに出ました。
病院の南側、東山通りをやや西に入ったところに「かく谷」と云う蕎麦屋があります。ここのニシンソバがじつに美味い。
今日も「かく谷」へいって食べました。一口すすったとたん、暗い気分が消え、うっとりと幸福感に浸ったのです。知らず知らず頭にこんな歌がうかんでいました。
希望という名の  あなたを求めて
遠い国へと また汽車に乗る
あなたは昔の わたしの思い出・・・・・
むかし黒岩重吾さんが愛唱していた歌です。北新地の高級クラブ「ラモール」へ黒岩さんが入ってゆくと、バンドがこの曲を演奏したものでづす。
ニシンソバを食べてわたしは今日、生きる張り合いをとり戻しました。希望はどこにでもあるものですな。