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2015年2月17日 1:54 AM

恨みは深し不動産

私の住む大阪府茨木市はいまちょっとした不動産バブル状態のようです。
ひところ大工場の海外進出がさかんで、茨木市には方々に広い空地ができ
ました。日本タバコ、さっぽろビール、フジテックなどが撤退企業だった
ようです。パナソニックの工場跡地にもヤマト運輸の物流基地がおかれる
そうです。
ところが時代が変わって大学や大型商業施設がつぎつぎに茨木へやってく
ることになりました。立命館大、イトーヨーカ堂などのほか徳洲会病院、
日東電工の工場など。地元企業の丹平製薬、日立マクセルなどとならんで
地元の活性化に貢献するでしょう。

「茨木は地価の値上がり必至や。 ひと儲けせにゃ」

とささやく不動産業者も多いようです。
「アベサンも儲かるやろな。高級住宅地住まいなんやから」
そんなことをいう知人もいます。
でも、地価の値上がりは工場用地などJRや阪急の駅に近いところばかり。
茨木は京都大阪の中間よりもやや大阪寄りの位置にあり、地政学的には発
展途上にあります。しかし、私の住まいは住宅地にあり、周辺は家々が広
い池を囲んで風光明媚ではありますが、商工業には不向きです。地価の値
上がりの恩恵に浴せるかというと心細いかぎりです。
自慢じゃないが、わたしは不動産で良い思いをしたことなど一度もありま
せん。京都から秋田の田舎へ移った小学6年のころ、家屋はだだっ広い藁
屋根のボロ家屋でした。昔は大地主だったけど、大正期に祖父が破産し、
以後は手入れもなく捨て置かれていたのです。
長男である父は再建を志して田舎へ帰ったのですが、敗戦後のインフレで
貯金が紙くず同然となり、ショックでアル中になりました。
こうなると10代目の長男であるわたしに再建の義務が生じてきます。高校
時代からわたしはその義務を意識させられ、とくに母親には口うるさく強
要されつづけました。
「偉くなって家を建て直すのがお前の義務だよ」
というわけです。わたしはつねにオンボロ家屋の我が家のイメージにつき
まとわれ「なんとかせなアカン」と焦燥にかられたものです。
世の中へ出ても自分一人食うのがやっと。田舎の家の再建など思いもより
ません。会社で「300万円のローン保証」のポスターを見ても、どこにそん
な金持ちがいるのか不思議でした。妻と同棲したのも最初は汚い仕立て屋の
2階の3畳間。さらに元遊郭の置屋の4畳半、土蔵を改造した2間の小屋。つい
で文化住宅、賃貸マンションという有様でした。
当時田中角栄首相の日本列島改造論が発表され、全国の土地が値上がりして
わたしたちのような田舎出身者には家を建てるなどはるかに遠い夢でした。
その代り大都市近郊のお百姓は田圃の値上がりで億万長者が続出。近郊都市
には農民成金の大邸宅がならんで、田舎出身者を僻ませたものです。わたし
はサラリーマンをやめ、なんとか建売住宅に入れる身になりました。サラリ
ーマンをつづけていたら50歳まで賃貸マンション住まいだったでしょう。
ともかく田舎の家も再建しました。オンボロ家屋再建の強迫観念から、めで
たく解放されたわけです。自分の家も支払いが終ってこの20年ほどはヤレヤレ
の生活でした。このまま老後を迎えても苦労はないと楽観していたのです。
しかし、わたしもすでに80代。あの世へ行く日も近くなりました。世間から
わすれられた小説家としても、こうなると、わたしの死後の妻の生活が成り
立つようにする義務があります。
ところが恥ずかしながら貯金はほとんどないのが現状。いま住んでいる家し
か相続させる資産がないのです。後悔してもあとの祭。まあ住居にはそれな
りの値がつくだろうと思っていたら、今週の週刊現代のトップ記事は
「まもなく不動産大暴落へ」
とあるじゃないですか。
いやはやオンボロ家屋再建の義務がよみがえった思いです。冒頭に書いたよ
うに茨木は不動産値上がり気配ですが、住宅地の当方までそれが及ぶか否か。
ここらで一つ踏ん張って起死回生の名作が書ければよいのですが、そううま
く行くかどうか。でも奮起するしか仕方がありません。悪夢はわが人生につ
きものと割り切って。
わが家の庭から石油が噴出!。最近風邪をこじらせて寝ているときそんな夢
を見ました。石油というのがいかにも古い。最近の情勢ではシェールガスか
オイルのほうが未来志向です。
目が覚めてぼんやりしていたら、飼い犬の鳴き声がきこえました。うちの飼
い犬、毎日散歩につれていってるのだから恩返しに「ここ掘れわんわん」と
鳴いて宝の山を教えてくれんだろうか。そう思って犬を呼んだら、カラスが
アホウ、アホウと鳴いていました。
た。