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2016年5月31日 1:07 AM

意外な人からの手紙

3月の中旬、意外な人から手紙をもらいました。差出人は若宮啓文となって
います。どこかで見た名前だなあと思いつつ、封をあけて手紙を読みました。
冒頭に自己紹介があり、「私は元朝日新聞主筆で若宮啓文と申します」と書かれていました。
ヤヤヤとわたしはびっくりしました。どこかで見た名前なのも道理、朝日新
聞の主筆と云えば記者で一番偉い人です。どこかでわたしは若宮氏の署名記事を読み、名前を記憶していたのでしょう。
朝日新聞は周知のとおり中国、韓国寄りの記事が定番ですが、そこの元主筆
がわたしに何の用なのか。わたしが朝日にとっての宿敵産経新聞の読者なの
を知ってのことなのか。左翼紙の主筆だった人が、向こうから見れば右翼で
あるわたしにいったい何の用事なのか。何かでイチャモンをつけてきたのか。
見当がつかないまま、わたしはいそいで手紙を読み始めました。
パソコンか何かで書いた手紙だけれど、丁寧な文章でした。若宮氏は現在「日本国際交流センター」に居をかまえ、60年前の日ソ交渉についての本を執筆中ということです。ついてはわたしの著作「勇断の外相重光葵」も参考にして
いるが、中に2点お尋ねしたい箇所があってこの手紙を書いたとありました。
わたしが「重光葵」を書いたのは20年もむかしです。彼が疑問を抱いた2点
がとっさに思い出せず、書庫から本を取り出してきて調べました。
彼が疑問を抱いた2点はどちらも記録によらずわたしの創意工夫で描いた場面でした。伝記小説はなるべく記録にもとずいて書くべきなのですが、この2点
は然るべき記録にないので智慧をしぼってヒネリ出したのです。
勿論そのことは返信で説明しました。すると丁寧な礼状が来ました。今度は肉
筆です。小説であると断った上でいま自分が執筆中の図書に取り上げたいというわけです。
本質をついた創作力に感心した、と褒めてくれてわたしも悪くない心地でした。礼状の着いたのは3月28日でした。
その約1カ月後、わたしは新聞を見てエーツとなりました。若宮氏の訃報が載
っていたのです。北京の高級ホテルの一室で入浴中に彼は亡くなったようです。享年68歳。週刊新潮(5月19日号)にも記事が出ていました。わあ残念と云うのが実感でした。そのうち一緒に酒を飲んで新聞界のウラ情報など教えてもらおうと思っていたのです。
先週、某出版社の偉い人と飲む機会があって、この話を出しました。すると、
「アベさん、そんなのはよくある話ですよ。熱心な読者が作家の文章を欲しく
なってしばしば偽者になるんです」
と一笑に付されてしまいました。
帰宅して若宮氏の手紙を再読したり、角封筒の筆跡を調べたりしたけど、わた
しにはどうしても偽者とは思えんのです。
年を取るとこんな経験も増えるのでしょう。とりあえず謹んで若宮啓文氏の冥福をお祈りします。