mv

2012年10月16日 3:37 AM

日本特産、目立ちたがり人間

山中伸弥教授のノーベル賞受賞に便乗して奇怪な男があらわれました。森口某とかいう48歳のオッサンです。
ips細胞を使った移植手術を世界で初めて実行し、6人を治療したというのだから壮大なる法螺話でありました。
読売新聞がこの話をスクープし、嘘とわかって赤恥をかきました。まさか話題のips細胞が与太話の材料に使われるとは思わなかったろうし、ハーバード大学客員講師、ニューヨークの国際大会で発表などの目くらましで、つい信用したのでしょう。本人は医師免許さえもっていないのだから、野次馬のわれわれとしてはとしては、「天晴れ」といってやりたいくらいです。
本人の記者会見の模様をテレビで見ました。記者たちに突っ込まれてしどろもどろの答弁でしたが、恥じ入る様子はありませんでした。反対に彼の顔はよろこびで輝いていました。わたしはそれを見て、ハハンと納得したのです。
テレビカメラの前で記者たちに囲まれるという状況が彼にはうれしくてたまらなかったのです。アホなことをやらかして人前に顔をさらすのをみっともないと思う感性はなく、つかの間のスター気分にかれは酔い痴れていました。
世は映像の時代です。テレビに出る人間を一般人は通常は尊敬なり好意なり
共感をもって眺めます。あんなふうにテレビに取り上げられる人間になりたいと思います。
半面、贈収賄とか凶悪犯罪とか破廉恥罪でテレビに出る人間には嫌悪をおぼえ、あんな人間になりたくないと思います。人々の非難や侮蔑の集中砲火を浴びて獄舎へ送られるなど耐えられないのが普通です。
ところがテレビに出たい願望があまりに強くなると、ことの是非を問わず、なんでも良いから世間に注目されたいと思うようになります。最近,わけのわからぬ殺人とか短絡的な出会い頭の殺傷事件が多いのは、この目立ちたがり症候群が蔓延しているからです。
森口某のやったことは、まさに目立ちたい一念からだと思われます。
その欲望が彼の分別を踏み潰したのでしょう。あんなチャチな嘘で固めてバレないはずはないのに、目立ちたい一心でバレる可能性を最小限に見積もってしまったのです。
森口の満足気な表情を見てわたしは吉田清治を思い出しました。昭和52年に「朝鮮人慰安婦と日本人」、昭和58年に「私の戦争犯罪――朝鮮人強制連行」という本を出して旧日本軍の悪行を告発し、今日の韓国の従軍慰安婦問題のモトをつくった男です。
吉田清治は最初の本では下関で韓国人女性を強制的、またはは甘言で騙して慰安婦にしたと告白し、二冊目では、日本の軍人が済州島で朝鮮女性を強制連行して慰安所に送り込んだと告白体で書きました。勇気ある告白者と一時もてはやされたのですが、秦郁彦氏ら日本の学者が調べた結果、たしかに慰安所は軍の駐屯地にかならず存在したけれど、日本軍が強制連行した事実はないと判明しました。吉田清治自身も嘘だったと後年、供述しています。
だが、韓国はこれを盾にとっていまだに賠償を請求してきます。事実であろうとなかろうと、自分たちに都合の良い思い込みを絶対視するのが、かの国の習性なのです。
吉田清治はたんなる目立ちたがりだとわたしは思っていました。みずからを悪役に仕立て上げて、良心からの告白に見せかけたのだと解釈したのです。
ところが政治的意図もあったようです。彼は共産党から選挙に出たことがあり、左翼の国会議員らの応援をうけていたようです。
森口某のニセips細胞事件にくらべるとずっと罪が深い。いわば国を売った男です。わたしよりも20歳年上のようなので、生きていれば99歳です。どうしているのだろう。生きているという説もあります。
吉田清治は罪は深いが、目立ちたがりでもあるはずだから、こうして話題になるとうれしがるかもしれません。でも、彼を思いうかべることで、森口某の描いたのが児戯に類する妄想だったとわかりました。
東京御徒町事件とか、かの木嶋佳苗事件とか、理解に困るような事件が多発しています。大部分が目立ちたがりの要素をもっています。木嶋佳苗の法廷ショウなどを見るといやでもそれがわかります。罪を後悔するよりも、注目されるのがうれしいのです。なんとも倒錯した傾向です。スマホは懐中テレビのようなものだから、変な人間がこれからも次々に出てくるのでしょう。
わたしたち文筆の徒はだれもが目立ちたがりです。でも、妙な行動で目立ったりせず、書くもので目立つようになりたいものです。もう手遅れかもしれないけど。