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2014年12月30日 2:13 AM

歳末のノルマ年賀状

年賀状を書き終ってほっとしています。ひところにくらべて年賀欠礼のハガ
キをいただいたり、本人が亡くなったりで書く枚数はかなり減ったけど、そ
れでも書き終わると一仕事やりとげた気分でやれやれです。
わたしが年賀状書きを歳末のノルマと感じるのは、宛名から本文まで一々サ
インペンを使って書くからです。ほんとは毛筆を使いたいけど、習字に自信
がないので逃げております。トシを食っているのに面目ありません。
最近はパソコンとプリンターがあれば、色とりどりの派手な賀状がカンタン
にできます。住所録も一度作成すれば、一々宛名を書かずに済むらしい。使
用法はよくわからんが、スマホでも自動的に仕上がるようです。
印刷物の賀状には心がこもっていない。だから願い下げだと云うわたしの感
性は時代錯誤のガラパゴスなのでしょう。若い人には呆れられます。
でも、わたしは不便を承知で手書きをつづけます。ズボラ者のわたしがこの
点だけ妙に律儀なのは、そのほうが当方の気持が伝わるからです。

まずサインペンで宛名を書きます。住所氏名、〒番号を書いている間、私の
意識はその相手に集中します。久しぶりでその相手と顔を合わせたように、
他のことに気が紛れなくなるのです。
その上で「謹賀新年」と挨拶し、その相手に当面一番語りたいことを短く
メッセージします。「×××氏のコンサートへ行こう。最近腕をあげたらし
いぜ」とか「タイガースは今年もアカンぞ。あの補強ではね」などというわ
けです。
印刷した「賀正」などの文章に肉筆で「ぼちぼちやっています」とか「ご健
勝をお祈りします」などと書き加えるのも、印刷文のみよりはマシだけど、
久しぶりで会った人間にそんな挨拶しかできんのか、とわたしは物足りない
思いにかられます。
水商売のママが常連客へ一律に「今年もよろしく」と書くようなもので、少
しも誠意が感じられません。義理チョコならぬ義理賀状というべきでしょう。
面倒やけど、とりあえず義理を果たしておこうとのとの魂胆が丸見えです。
手書きが面倒なら、なんでメールを使わないのか、不思議でなりません。筆
跡こそ見えないがメールは長文が可能です。パソコンやプリンター、スマホ
の時代でありながら、年賀状=年賀ハガキという習慣を吹っ切れていないせ
いでしょうか。
久しぶりで会った知人、友人へのメッセージ。簡単そうでこれが意外に厄介
です。書くネタに困ることがわたしもしばしばあります。
けど、年を取ったなりにネタは見つかるものです。老人は例外なく病気をもって

います。会えば腰が痛いの膝が痛いのと嘆き節の交換です。そこで最近の医

薬情報をベンキョウし、「風邪引いたらPLと葛根湯を一緒に飲めば効くぜ」とか
「EDは地黄丸の浸し酒で解決するよ」とか真偽不明の情報を入れておくことです。

相手がなんの病気を持っているかわからないのに、そんな情報は無駄だとお考
えかもしれませんが、なあに気にすることはありません。。もし外れても、果たして

当たりがあるのかどうかわからない郵便局の年賀ハガキのお年玉よりは、ずっと

マシですから。