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2015年4月22日 4:23 PM

無学の偉人

「松下幸之助塾」の連載が手間取ったのとパソコンの不調でブログの更新が遅
てしまいました。八分通りブログを仕上げたはずが、今日見ると全文消えてい
ます。泣く泣くやり直し。生きているうちIT時代になったのは小生にとって最大
の不幸かもしれません。
松下幸之助は周知のように学歴なしです。父親が破産したため小学4年で学校
を辞め、火鉢問屋へ丁稚奉公しました。ついで自転車問屋に15歳まで働き、
ここでは親切にされたようですが、大阪市内に市電が走り出したのも見て、自
の時代は終わった、これからは電気の時代だと見極めたようです。そこで大阪
電灯会社の見習工になり、電気の知識を仕込みました。一年後には一人前の技
術者になって自信をつけたようです。
この間友人に刺激されて関西商工と云う学校の夜間部に通いました。予科はぶ
じに済んだのですが、本科では小学4年中退の学力ではついてゆけず、退学せ
ざるをえなかったようです。20歳で結婚し長屋の土間でささやかなソケット
製造をはじめました。妻の弟の井植歳男らをいれて4人で出発したようです。
だが、困難に出会って2人は辞め、井植と2人きりの事業でした。これが徐々
に発展して大企業松下電器になるのだから、まさに昭和の奇跡でした。
「学問の素養のなかったことが、かえって早く一遍の悟りを開き得て、今日あ
るを得たと思う」
と彼は著作で語っています。この辺りを考えてみたくなりました。
大学で私たちは先人たちの築いた理論を学びます。学ぶということは先人の思
考のあとをたどり結論に至ることです。つまり最終的には理解し信じることであ
り、その点では宗教と同じです。ケインズやマルクスを学んでも、つまりはケイ
ンズとやマルクスを信じることにすぎません。学徒諸氏は宗教よりも理知的な
作業をしている気でいますが、少なくとも社会科学においては、究極のところは
宗教にそっくりなのです。むかし各種のお経を読みこなした僧侶が宗派によって
別々の結論に達したのと変りない。そうわたしは思うのです。
ここに学問の弱点があります。理論はしばしば現実を離れて独自の発展をとげま
す。現実の問題解決に役立たないケースがしばしばあるのです。
松下幸之助は他人の思考のあとを追わず、自分の経験と思考で事業をすすめました。
いろんな困難とぶつかり、自分で考え、自分で乗り越えてゆきました。つまり自分
の経験を軸に、自分流の経営学を組み立てていったのです。
他人の打ち立てた理論のあとをたどるのが大学教育ですが、自分の経営学を打ち立
てるのが松下流なのです。彼にとって「学問の素養」など不用でした。おかげで事
業は独自の発展をとげ、日本有数の大企業になりました。
このあたりが実に面白い。同時にベンキョウになります。現実生活に役立つ本物の
学問は何か。答えは大学にはなかったわけです。
ともかく今回は書いていて目からウロコの思いでした。なるほどこんな人生もある
のか。感心しました。
考えてみると小説を書く作業も似たところがあります。学問がそれほど役に立たな
いと云う意味においてです。
「お勉強小説はダメ」という格言が文芸界にはあるようです。大学の講義や学問が
さほど役に立っていない小説家が多いせいでしょう。調べて書いただけの小説が面
白くないと云う意味もあるようです。深くその意味がわかりました。
かつて文士はハチャメチャな生活ぶりの者が多かったようです。最近の小説家はお
行儀がよくなってオモロないという話もよくききます。それならハチャメチャの模
範を示してやろうかと思うが、すでにそんなトシでもありません。
それにしても松下幸之助が小説を書いたらオモロかったのになあ。つくづく残念です

  • たんご

    松下幸之助の小説、読んでみたかったです。新卒からこれまで、ずっと半官半民で仕事をしていて、儲けるということに無縁だった私は、今、民間企業で自分でも驚くほど苦労しています。努力の余地もないくらいに。
    ところで、今日はひとつニュースです。
    うちの両親がこの25日から28日新潟戻りで花輪にいきます。
    岩手の北上に住む弟の卓史が車で往復します。
    祖父母と叔父の墓参りと、お寺さん、精米などに挨拶回りです。
    兼ねてからの希望で、3年ぶりほどの鹿角です。
    高校教師だった父は、夏休みになると自分の実家のある新潟の中条町を通り過ぎて、私たち姉弟が赤ん坊の頃は子育てに忙しい母を新潟に残し、父ひとりで母の実家で母の両親と風呂の薪を割ったり、祖父の本を読んだり勉強したりして、夏を満喫していたようです。
    若旦那さんとか呼ばれて、近所に鯉を見せにつれられていったりもしていました。少し大きくなると私も弟も中学生になるくらいまで、毎夏花輪で過ごました。ご縁を繋ぎたいと思うふたりの気持ちを大切にしたいと思います。母はボケボケですが、勢いは相変わらずです。 ではまた。 丹呉泰子

    • abemaki0894

      丹呉泰子さま
      民間の会社へ入ってご苦労されているとのこと、 感じはよくわかります。うち
      の父は東大出の
      官吏だったけど、戦後役所を辞めて鹿角へかえってから、なすこともなく茫然と
      年老いていまし
      たから。戦後の鹿角は生命力の世界でインテリ”に用はなかったのです。
      花輪とご縁が切れずにおられるようで慶賀の至りです。小生は五月十日に大館鳳
      鳴高の同期会
      があるのですが、出不精が身について、面倒で欠席するつもりです。花輪高のほ
      うは男子の級友
      の多くが他界して同期会も自然消滅です。
      歳をとればとるほど時間の経過が速くなります。お若いうちに自由を確かめてく
      ださい。
      メールありがとう。また楽しみにしています。 阿部牧郎