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2012年9月13日

猫が鳴いていた(14)

あくる日大二郎が町廻りを終えて南町奉行所へ帰ると、河野初枝から書状がとどいていました。

種太郎殺しの一件の顛末書と遺書をかねた書状のようです。大二郎は別室に入って心静かに封を切りました。

丁重なお礼のあと、初枝は美しい草書で一件のいきさつを綴っていました。

「六月二十一日の八つ半に万世橋の南詰めで一人相撲を演じてほしいと夜明け島へ依頼の文をとどけたのは、お察しの通り私でございます。前金に銀一枚を同封いたしました。

夜明け島は依頼をききとどけてくれました。当日二百人ほどの人々が見物にあつまっておりました。

なかに寺子屋帰りの子供たちがいました。三河屋の種太郎もその一人でございました。

私はお昼休みのあと種太郎に強壮薬といつわって大黄(だいおう)を飲ませておきました。大黄はご存じのとおり腹の掃除薬でございます。飲んで一刻もすると子供なら強い下痢におそわれるのです。

私の企(たくら)んだとおり種太郎は一人相撲を見物中に強い便意をおぼえ、寺子屋へ駆けもどりました。大和町の自分の家よりも寺子屋のほうがずっと近いからです。

その時刻、寺子屋にはだれもおりませぬ。私は厠のそばで待ち、種太郎が用を済ませて出てきたところを、後ろから頭に布袋をかぶせて押し倒し、縛りあげました。さらに手ぬぐいで猿ぐつわをかませ、抱きあげて物置小屋へ運んだのでございます。

物置小屋には薪が詰まっております。奥に子供を寝かせるとだれにも見とがめられる心配はございません。

私は一切声を出さずにことを運びました。種太郎は自分が何者に縛られて物置小屋に投げこまれたのか、まったくわからなかったはずです。種太郎を何者かが連れ去るのを見た者が一人もいなかったのも当然のことなのでございます。

なぜ私がこんなことをしでかしたか、わけはすでにご存じでございましょう。三河屋のおかみは小僧に命じて私の子供同然のユキを殺しました。しかも後悔するどころか、わたしをののしり、寺子屋から追い出そうとさえしたのです。

ユキは私のたった一人の子供でした。失って私は気鬱になりました。憎みてもあまりある三河屋のお内儀に同じ思いをさせてやろうと決心して、種太郎を拐かしたのでございます。五百両出せと書いたのは、金目当てではなく、親に心配させるためでございました。

でも、ぜひとも申し述べたいのは、私には種太郎を殺す気はなかったということです。さらった当日も翌日も食べ物はちゃんと与えました。

翌日寺子屋は休みでした。創始した儒者の命日だったのです。おかげでだれにもあやしまれることなく、物置に出入りすることができました。

美倉橋で受け渡しをするつもりは最初からなく、翌朝子供を助けにいってもらう気でおりました。美倉橋へ捕り方があつまった日の夕刻、私は夜明け島へ二通目の依頼の手紙をとどけたのでございます。

前回と同様夜明け島は留守でした。表戸に鍵がかかっていないので、難なく手紙を土間へ投げいれました。長屋のどの住まいも夕餉のころで、私の姿を見た者はおりませんでした。

万世橋で興行してくれれば、ご祝儀を五両お払いすると私は最初の依頼状に書きました。でも、約束は反故にしました。祝儀を餌に種太郎を助けにいってもらう腹づもりでいたからでございます。

種太郎は寺子屋の物置小屋にいます。そばに祝儀の五両おいておきます。受け取った上で種太郎を家まで送りとどけてください。

そう私は書いておきました。そのとおりに夜明け島がしてくれるものと信じて安心していたのです。

ところが種太郎は殺されました。夜明け島がやったのかどうか私は存じません。どうかお調べのうえ、下手人を捕らえてくださいませ。下手人は種太郎を殺し、五両の金子を横取りしたのでございます。

でも、私が物置小屋へとじこめたおかげで種太郎が死んだのはたしかです。気鬱が重くなりました。ことの次第を自身番にとどけるべきか否か毎日思い悩んでおりました。

子猫をいただいたおかげで気がまぎれます。種太郎を拐かしたことがいまは悪夢のように思い出されるのでございます。

この手紙を書き終わったら、私は毒を飲んで死ぬつもりでおりました。

ところがいきさつを書き終えてみると、下手人が捕まるのを見届けずにはいられなくなりました。一つには子猫のせいもございます。子猫の鳴き声をきくたびに、生まれ変わったユキを残して死んではならないと御仏(みほとけ)の声がきこえるように思われるのでございます。

私は剃髪し、仏門に入ります。子猫をつれて四国八十八カ所の霊場巡拝の旅に出るつもりでおります。種太郎の冥福をお祈りせずにはおられませぬ。

旅が終わりましたら、一番に奉行所の大町さまのもとへお伺いいたします。拐かしの罪についてはそのさい詳しくお調べいただくようお願い申しあげます。

一日もはやく下手人を捕らえられますよう、心よりお祈り申しあげております。

かしこ        河野初枝より

大町大二郎さまへ」

「――そうか。女師匠は殺してなかったのか」

読み終えて大二郎は暗雲の晴れた思いでした。

初枝は殺していなかった。そうとわかって大二郎も救われたのです。あとは真の下手人をさがしだして捕まえるだけしか念頭になくなりました。

大二郎は中間(ちゅうげん)の新助を呼び、浅草田町の裏長屋に住む夜明け島のもとへ使いにやりました。明日の朝八つ半(午前九時)に田町の自身番へ出頭せよと命じたの