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2012年9月15日

猫が鳴いていた(15)

あくる朝大二郎は亀蔵、新助をつれて田町の自身番へ出向きました。夜明け島はすでに板の間で待っていました。

おおよその事情を告げてから大二郎は尋問に入りました。

「女師匠はおまえに二通目の手紙をとどけたといっている。種次郎がさらわれた次の日の夕刻だ。おぼえがあるだろう」

訊かれて夜明け島はきょとんとした面持でかぶりをふりました。

「二通目の手紙。とんでもねえ。なにも読んじゃいませんよ。いったいなにが書いてあったんです」

「種太郎は寺子屋の物置にいる。家まで送りとどけてやってくれ。そばに祝儀の五両をおいておく。そう書いてあったはずだ」

「な、なんですって。さらわれた子供と五両。ど、どういうことですかい。あっしは五両もらえるはずがフイになって、ヤケ酒を飲んでおりましたが」

万世橋へいった日から二、三日、夕刻から酒浸りだったようです。。

どこで飲んだ。何刻ごろまでだ。亀蔵がこまかく訊きだしました。嘘はなさそうです。

「女師匠がとどけた二通目の手紙をさきに読んだやつがいるのだ。そいつが種太郎を殺し、おまえがもらうはずの五両を猫ババした。おまえはなにも知らずに酒を飲んでいたというわけだ」

「ち、畜生。そうなのか。あっしは貧乏くじを引かされた。でも、だれが猫ババしたんですかい」

「その日、おまえが帰るまえにおまえの家を訪ねた者がいる。だれがきたか心当たりはないか」

「さあね、だれなのか。ご存知のとおりの貧乏暮しで、うちは戸じまりもしてません。出入り勝手なのですが」

夜明け島は腕組みして考えこみます。

めったに客などないようです。

「だれなんだ。畜生。あっしがその手紙を読んでりゃ、三河屋の子も死ななくて済んだのに」

夜明け島は口惜しがるばかりで、あやしい人物をついに名指しできませんでした。

近所の者が手紙をとどけにきた初枝を見て好奇心を起こし、手紙に目を通したのではないのか。

亀蔵が聞き取りにまわりました。

夕刻、亀蔵は大事なネタを掴んで帰りました。

夜明け島と同じ長屋の住人にあやしい者はいませんでした。手紙をとどけにきた女の姿を見た者も、夜明け島の住まいの表戸にはさんであった手紙を見た者もいません。

下手人がいたとしても正直に答えはしないでしょう。だが、嘘をつけば顔になにかひるんだ色があらわれるはずです。長年目明しをつとめた亀蔵が、相手の心の揺れを見逃すはずはありません。

同じ長屋の住人が夜明け島の家の表戸の隙間にはさんだ手紙を見つけて好奇心にかられたのでもなさそうです。

翌日、大二郎は自宅に亀蔵、喜平次を呼んで、新しい角度から聞き込みをするよう命じました。

「賊は五両という大金をつかんだ。夜明け島の家に出入りするからには似たような貧乏人だろう。岡場所あたりで一晩派手にあそぶにちがいない。とくに深川あたりで」

近ごろ、分不相応な遊びをした男はいないか、深川の妓楼を一軒ずつまわって調べるのです。

「わかりました。でも、なぜ深川なんですか。浅草にも本所にも岡場所はありますぜ」

首をひねって喜平次が訊きました。

「大した理由はない。しかし浅草の岡場所なら夜明け島がしょっちゅう出入りするだろう。顔を合わすとまずい。京橋、日本橋は大番屋に近いから悪事を働いた奴は敬遠する。あと近場といえば本所、深川だが、深川の方が安くあそべる。まさか吉原へ乗り込む度胸はないだろうよ」

説明されて喜平次は大いに納得した。

「参りましょう。深川の妓楼は二十軒以上ある。たぶん一日では終わらねえでしょう。」

亀蔵をうながして出かけてゆきました。。

喜平次の予想ははずれて、その日の午後おそく、深川の角屋という遊女屋で疑わしい男がうかびあがりました。

年齢は十六、七ぐらい。まだ子供です。ろくに女遊びをしたこともなさそうなのに、強がって景気よくふるまいました。六百文が相場の遊女に一分(千六百文)もくれてやり、酒を飲みすぎて悪酔いしたということです。

名前は仙吉。大和町の三河屋の手代と称していました。

「あの三河屋の小僧だった若い衆か。いまは一人相撲の手伝いをしているのだろう」

「岡場所じゃ一人相撲の手下ではモテねえから、三河屋の名を使ったんでしょう。うん、あいつが種太郎を殺して五百両を横取りしたのか。子供のくせにふてえ野郎だ」

亀蔵と喜平次は下っ引をつれて仙吉を捕らえにいきました。

夕刻、仙吉はきょうの手伝いを終えて親方の家へ帰ってきた。ひどく疲れた様子だった。

亀蔵らはすぐに仙吉を八丁堀の大番屋へ引っ立てました。待ちかまえて大二郎は尋問にあたります。

仙吉はすでに観念して、すぐに罪をみとめました。

女師匠の飼い猫ユキを殺したかどで、仙吉は三河屋からひまを出されました。おかみさんに命じられたと弁明しても通じませんでした。二カ月まえのことです。

仙吉は一人相撲の親方の手下になりました。

六月二十一日、仙吉は親方にいわれて夜明け島の手伝いに出かけました。万世橋の南詰めで客寄せをしたのです。見物人のなかに種太郎がいましたが、いそがしくて話をするひまもありませんでした。そして、いつのまにか種太郎はいなくなったです。

あくる日の夕刻、仙吉は夜明け島の住まいをたずねました。昨日の手伝いの労賃をまだもらっていなかったのです。

夜明け島は留守でした。表戸をあけると、土間に封書が落ちています。腹いせに封書をもって立ち去り、読んでみておどろきました。

「花房町の寺子屋の物置のなかに種太郎がおります。明日の朝寺子屋へ行き、縄をといて家まで送りとどけてください。お約束の五両は種太郎の枕元においておきます。どうぞよろしく」

と美しい文字で書かれていたのです。

種太郎のさらわれたことはすでにきいていました。三河屋には恨みがあります。

手紙を見て悪心が頭をもたげました。種太郎を助けてやり、五両はわがものにしようときめたのです。