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2012年8月21日

猫が鳴いている(1)

 

 

夕刻、大町大二郎は南町奉行所から帰宅すると、ふだん着に着替えて「書」の稽古をはじめました。

昨日までの雨がやんで、きょうは陽射しが強く、すこし動くと汗ばんできます。

庭のすみの向日葵(ひまわり)が咲いて夏がきたことを告げています。

大二郎は縦に長い紙に万葉集のなかの一つの和歌を書いてゆきました。役所では定められた仮名まじりの和様(わよう)書道で書きますが、私宅では漢字のみの唐様(からよう)書道をたのしんでいます。

気のおもむくまま太い筆をおどらせていると、世のしがらみを断ち切って、馬に乗って草原を駆けまわっているような生き生きした心地になります。

亡くなった父は物書き同心でした。あとを継ぐため大二郎は子供のころからきびしく習字の稽古をさせられたのです。だが、父の没後その役目についてみると、一日中机に貼りつかなければならない物書き役は性に合いませんでした。

何度も役目替えを願い出て、五年目にやっとかなえられました。八丁堀の道場で柔術、剣術ともに抜群の使い手であることが買われて町廻り役に任じられたのです。

今日は一つの和歌を何枚も書いて、やっと満足できる一枚が生まれました。大二郎は筆をおいて茶の間に移り、母と世間話をしながら晩酌をしました。ついで夕餉(ゆうげ)をとります。

まもなく来客がありました。目明しの亀蔵が三河屋与兵衛という中年の男をつれてきたのです。與兵衛は神田鍜治町で小間物屋を営んでいるらしい。

二人とも深刻な面持でした。七つになる與兵衛の一人息子が何者かに拐(かどわ)かされたのです。

「騒ぎが大きくなっちゃまずい。番屋には届けないで内々にお越しになったというわけです」

背中を丸くして亀蔵が打ちあけました。

三河屋と同じ町内に亀蔵は住んでいます。与兵衛はとりあえず自身番ではなく亀蔵を頼ったというわけです。

与兵衛はエラの張った顔の実直そうな男です。よほど狼狽しているらしく、話そうとしても口をぱくぱくさせるばかりで言葉になりません。

「例の書状、お目にかけなされ」

亀蔵にうながされて、与兵衛はふるえる手で懐中から書状をとりだした。

「暗くなっても伜は帰ってきません。心配していましたら、裏庭にこんな投げ文が見つかりまして」

小石を包んだ結び文を下男が見つけたのです。

大二郎は文に目を通しました。古釘を曲げたような下手くそな字がならんでいます。

「子供は某町の某所へあずかった。身代金は五百両。明日二十二日の暮れ四つ半〈午後十一時〉に美倉橋の下、右岸へ持参し、金をおいて立ち去るべし。他言および付添人(つきそいにん)は無用。逆らえば子供の命はないものと心得よ。六月二十一日 閻魔大王より」

書き手の心のにじみ出たようなゆがんだ筆跡です。

「右利きのやつがわざと左手で書いたんでしょう。あっしよりもひでえ字だ」

亀蔵がいって顔をしかめました。

「五百両なんてとても無理でございます。私ども、表向きはともかくとして、内実はご多分にもれず火の車でございまして。しかし子供の命には代えられませぬ。いかがすればよろしいでしょうか」

与兵衛は口もとがふるえています。

与兵衛と妻のあいだには四人の子がいるそうです。だが、上三人は女で、拐かされた種太郎は大事な跡取り息子なのでした。

 

種太郎はこの春から松住町の寺子屋に通いはじめました。

今日はいつものように朝家を出て、昼八つ半(午後三時)に課業を終えて帰途についたようです

家までは十丁近くあります。子供たちは同じ町内の者が十二、三人つれだって家へ向かう慣わしです。十四、五歳の子がみんなをつれて歩くので、三河屋では奉公人に送り迎えさせたことはないそうです。

今日は万世橋をわたったところで、予期せぬことが起こりました。子供たちは一人相撲の興行に出会ったのです