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2012年9月1日

猫が鳴いている(4)

やがて刻限の四つ半になりました。喜平次が与兵衛を呼びに来ます。

与兵衛は手提げ金庫を風呂敷に包み、背中にかついで料理茶屋から出てゆきました。

喜平次がしすこし間をおいてあとを追います。付き添い無用と投げ文にあったので、あまり近づくわけにいかないようです。

与兵衛の手にした提灯が心細く橋へ近づき、やがでふっと橋の下へ消えました。

大二郎は二階で様子を眺めながら、しだいに疑わしくなってきました。

もっと大金持を狙うはずだという與兵衛のいいぐさはもっともです。それに人質と金の受け渡しの場所が、おおっぴらすぎるような気もするのです。美倉橋の付近には深夜でも屋台が出ているし、舟もときおり川をゆききしています。勝負どころの選び方としてはあまりに工夫がありません。

じりじりしながら大二郎は待ちました。美倉橋の下にはなんの変化も起こっていません。

半刻(一時間)たちました。どうやら待ちぼうけのようです。大二郎は提灯にあかりをいれて料理茶屋の二階からつるしました。引きあげの合図です。

與兵衛の提灯が蛍のように心細く橋の下からこちらへやってきます。捕り手たちもそれぞれの持ち場から出て帰途につきました。

「賊はあらわれなかったな。こっちが網を張っているのに気づいたのかもしれない」

もどってきた与兵衛に大二郎は声をかけました。

玄関の上りかまちに与兵衛は腰かけて、背中の荷物をおろし、

「肩はかるくなりましたが、心は倍ほど重くなりました」

と涙声で訴えます。

 

 

その二日後の朝、隅田川の下流にある佃島に七、八歳の男の子の死体が流れ着きました。

急をきいて三河屋与兵衛と妻のきみは駕籠で佃島の自身番へ駆けつけました。

まちがいなく種太郎でした。検視与力の話では首に絞められたあとがあり、後ろ手に縛られていたあともあったということです。死後二、三日。殺したあと川に投げこんだようです。

与兵衛夫婦は悲嘆にくれて遺体を引きとり、夕刻、大和町の自宅へ帰りました。

すぐに通夜の支度がはじまりました。

「あんたのせいだ。八丁堀のお役人に訴えたりするから、賊を怒らせちまったんだよ「

金切り声できみは夫を責め立てます。

きみは家付き娘です。同家の手代だった与兵衛はふだんから頭があがらないのです。

が、今回は与兵衛もだまっていませんでした。

「うちは五百両右から左へ出せるほどの身代じゃない。身代金で店をつぶすわけにいかないから、八丁堀のお役人にお願いしたのだ。金繰りの苦労も知らずになにをいうか。いい気なものだぜ」

伜の遺体をはさんで夫婦は怒鳴りあいました。

だが、最後は二人とも大声で泣きだして、喧嘩は水入りになったようです。

知らせをきいて大二郎は亀蔵、喜平次をつれて三河屋へ向かいました。

賊が美倉橋へあらわれなかったのは、大二郎らの待ち伏せに気づいたせいなのだろうか。いや、もしそうなら、受け渡しの場所の変更を指定してきたにちがいありません。

ところが賊は種太郎を殺してしまいました。もう脅しの材料はありません。金欲しさでやったにしては淡泊な態度です。

案外賊はべつの狙いで種太郎を拐かし、金目当てをよそおっただけかもしれません。大二郎はそんな疑いを抱いて三河屋へ着きました。

店はしまっています。通夜の支度で家のなかは雑然としていました。

座敷に祭壇がもうけられ、棺が安置されています。

大二郎らは棺をあけて検分しました。遺体は白い経帷子を着ています。

水は飲んではいません。、殺されてのち川へ投げこまれたのはたしかです。

「大町さま、なにか目安がつきましたか」

横合いから与兵衛が訊きました。

「いや。まだたしかなことはわからない。しかし、子供がいなくなってまもなく投げ文のあったことから見て、賊は大して遠くないところにいるようだな。同じ町内かもしれぬぞ」

「そ、そんな近くに。流れ者の仕業(しわざ)かと思っていましたが」

「それなら金を手にするまで粘るだろう。人質をすぐには殺さないよ。おまえさん、なにか心当たりはないか」

「とんでもない。まったくございません。そりゃタチのわるい地回りがたまにゼニをせびりに来はしますが」

与兵衛は泣き腫らした顔を左右にふります