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2012年9月2日

猫が鳴いている(5)

「今日は六月二十三日。子供のいなくなったのは二十一日だ。すると、おまえさんが金を美倉橋へ運んだころには、この子はもう殺されていたのかもしれない。捕り方を待ちぶせさせたりして、とんだ骨折り損だった」

大二郎は苦笑いして棺に蓋をしました。

「下手人は柳原河岸あたりからこの子を神田川へ投げこんだのでしょうな。近ごろは雨が多くて水嵩(みずかさ)が増しています。二日もありゃ隅田川へ出て佃島へ流れ着くでしょうよ」

「仏を川に流したのが二十一日だとすりゃ、賊が二十二日に美倉橋へ来なくて当たり前だよな。受け渡す人質がもうこの世にいねえんだから」

「てことは、賊にはそもそも金を奪う気がなかったってことだ。拐かしてすぐ殺した。でも、なんのためにそんなまねをしたんだろう」

亀蔵と喜平次は首をかしげていました。

「子供がいつ殺されたか、見当をつけなくてはならぬな。喜平次、すぐに人形流しの支度をしてくれ」

大二郎にいわれて喜平次は腰をあげ、あわただしく三河屋を出てゆきました。

人形流しは、仏と同じくらいの大きさの人形をある場所から川へ投げ込み、特定の場所へ何日かかって流れ着くかを知るためにおこなわれます。今日の場合は柳原河岸から人形を神田川へ投げいれ、隅田川の佃島へ何日目に漂着するかを見るのです。

人形といっても実物は、仏とほぼ同じ大きさの丸太なのです。着物の代わりに菰(こも)を巻きつけて川に流します。一本では心もとないので、印をつけて十本ばかり投げいれるのがつねでした。喜平次は何人か下っ引を呼んで働くはずです。

大二郎と亀蔵は與兵衛のつぎに妻のきみから話をききとりました。

大二郎が悔やみをのべてもきみはろくに返事をしません。気位の高いわがままそうな女です。種太郎が殺されたのは、大二郎ら捕り方が待ち伏せしたせいだと思っているのです。

きみはなに一つ役に立つ話をしませんでした。奉公人たちも一様に口が重いのです。聞き取りの収穫はなに一つありませんでした。

「夜明け島のところへいってみますか」

亀蔵にいわれて大二郎はうなずきました。

夜明け島定五郎。一人相撲の大道芸人です。

六月二十一日、この男が万世橋の南詰めで芸を披露しているうちに種太郎はいなくなりました。つれ去った者を夜明け島は見ているかもしれません。

一人相撲の芸人はときおり万世橋のあたりにあらわれます。だが、夜明け島がきたのは初めてでした。

種太郎が寺子屋から帰る途中、たまたま夜明け島の初興業に出会ったというのは、なんとなく不自然です。できすぎの感があります。

一人相撲の親方のもとへ人をやって、夜明け島の住まいはききだしてありました。浅草田原町の裏長屋に住んでいるのです。

声をかけて表戸をあけると、眠そうな顔で二階から夜明け島はおりてきました。

一人相撲の芸人らしい大柄な男です。今日は空模様があやしいので稼業を休み、酒を呑んで寝ていたようです。

せまい土間に立ったまま大二郎と亀蔵は話をききました。

「おまえ、万世橋にいったのは初めてなのだろう。なぜ二十一日にあそこへいったのだ」

大二郎に訊かれて夜明け島は口を尖らせました。

「なぜって気が向いたからでさあ。明神下のウナギ屋で昼めしを食って、鈴木町で一興業打ってそれから万世橋へ――」

「それからどうした。すぐ帰ったのか」

「いいえ、浅草橋のそばでもう一稼ぎしましたよ。このところ不景気で、日に三度は演じねえと食っていけねえ」

「昼めしにウナギとは景気がいいじゃないか。今日も昼間っから酒だ。おまえ、万世橋でいい稼ぎをしたんだろう。だれに呼ばれてあそこへいったんだ」

「だれにも呼ばれちゃいません。気が向いたからですよ。あっしが万世橋へいっちゃいけねえんですかい」

「おい、夜明け島。ありていに答えないとためにならねえぞ。覚悟はできてるんだろうな」

亀蔵が横合いから脅しをかけました。

「おまえが興行を打っているあいだに子供が一人拐かされんだ。しかもその子は殺された。見物人はみんなおまえの芸に気をとられて、その子の連れ去られるのを見ていない。おまえ、なにか見なかったか」

大二郎がおだやかに説明します。

「どうなんだ夜明け島。まさかおまえ、人さらいの一味じゃねえんだろうな」

亀蔵が容赦なく責め立てます。

「なんですって。子供が拐かされた。し、知りませんよ。なんにも見ちゃいません。殺されたんですかいその子は」

「そうよ。だから同心さまがじきじきに話をききに来なすったんだ。てめえ、なにか見たんだろう。子供をつれ去ったのはどんな野郎だ」

「し、知りません。なにも見ちゃいませんよ、気楽な稼業に見えるだろうが、あっしら一人相撲の芸人は、取り組みを演じるのに精一杯で、お客のことなんざ目に入るもんじゃありません」

手を左右に振って夜明け島は弁じ立てました。

が、その顔は怯えてゆがんでいます。

「ではあらためて訊くが、おまえ、なんだって選(よ)りに選って二十一日に万世橋へいったんだ。おまけにちょうど寺子屋帰りの子供たちの足をとめさせるように興行した。たまたまそうなったというのは、できすぎているぜ」

「そ、そういいましても―」

「おめえ、まだ若いのに物忘れがひどいようだな。こうなったら八丁堀の大番屋に泊まってゆっくり思い出してもらおうか」

亀蔵がドスをきかせて十手をちらつかせました。

大番屋は牢屋敷の一歩手前の留置場です。

「ま、待ってくれ。なんであっしがしょっ引かれなくちゃならねえんです。あっしはただ頼まれて万世橋へいっただけなのに」

「だから訊いているんだ。だれに頼まれた」

大二郎はこんどは凄みをきかせました。

ま、待ってください。証拠があります。夜明け島は立って梯子段をのぼり、二階へ消えました。

すぐに彼はもどり、一通の文をさしだします。

大二郎は目を通しました。美しい優雅な草書の字体です。