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2012年9月8日

猫が鳴いてイた(9)

薬種屋のご隠居は毎朝、散歩がてら東紺屋町のお玉稲荷へお参りにいくことにしています。

その日大和町の月空寺のそばを通りかかると、塀の上で一匹のキジ猫が鳴き立てていました。なに気なく境内に目をやると、仙吉が池のはたにしゃがんで大きな魚籠を水に浸していたのです。八つか九つぐらいの子供がそばに立って仙吉の手元をみつめていました。

なにをしているのか。隠居は足をとめて見守ったのです。しばらくして仙吉は魚籠を引きあげ、ふたをあけで逆さにしました。死んだ白猫が地上に落ちました。溺死させたらしいのです。

「おい仙吉、なんだって殺した」

とがめられて仙吉は隠居に気づきました。

三河屋の内儀のきみは肩こりになやんで、いつも仙吉に隠居の店へ艾(もぐさ)を買いにやります。隠居とは顔なじみなのでした。

「泥棒猫なんだ。きのうも三河屋の台所でカツオの切り身を盗んで逃げた。おかみさんがカンカンに怒って、つかまえろっていうもんだから」

仙吉は昨夜ユキにマタタビを食わせ、酔って動けなくなったところを捕えて魚籠にとじこめたのです。

鳴き声がうるさいので一晩土蔵に閉じ込めて、朝になってから始末をつけたということでした。

「お師匠さんの猫だからかわいそうだったけど、始末しろっておかみさんがきかないんだ。仕方なかったんですよ。なあタネ坊」

仙吉はつれの子供に同意をもとめました。

ユキの死体に筵(むしろ)をかけて仙吉とタネ坊は立ち去りました。薬種屋の隠居はタネ坊がどこの子か知らなかったのです。

三河屋の小僧がユキを殺したという噂は、すぐに河野初枝の耳に入りました。

ユキはじつはこれまでにも二度、三河屋の台所からサバやイワシをくすねたことがあります。初枝はそのたびに詫びにゆき、盗まれた魚の代金を支払ってきました。

「寺子屋へいくときは猫を家に閉じこめていってくださいよ。お師匠さんともあろうお人が近所めいわくな」

三河屋のおかみは念を押しました。

だが、野良猫の発情期以外はかわいそうで初枝は実行できなかったようです。

「お師匠さんの猫は利口だよ。裏長屋の台所にはろくな魚がないのを知っていて、表通りの三河屋まで盗みにいくんだから」

長屋の女房たちは面白がっていました。

でも、ユキは死んでしまいました。

「なにも殺すことはないのにさ。可愛がっていたお師匠さんがかわいそうだよ」

女房たちの同情は初枝にあつまりました。

三川屋のきみはそれも気にいらなかったようです。

「あの女、子供に教える柄(がら)じゃないよ。猫のしつけもできないんだからさ」

初枝を寺子屋から追い出せと町役人の尻をたたきはじめたのです。

夫の与兵衛が初枝に惚れているのも許せなかったようです。

初枝の落ち込みはますますひどくなりました。手習いやソロバンを教えるのがいかにも面倒くさそうです。ますます無口になり、話し声が弱々しくなりました。一休みのときも師匠仲間と口をきかず、控えの間でぼんやりしているのです。

家では泣いてばかりいるらしい。他人と会いたがりません。やつれて目だけが光っていました。

「お師匠さん、なんだか変だよ。猫が死んで気鬱〈鬱病〉になっちゃった。猫の霊が乗り移ったのかな」

「可愛がっていたからねえ。子供を亡くしたようなものなんだよ。それにしてもあんなにふさいでしまうとは。お気の毒だよ」

近所の者たちは同情しきりです。

だが、だれもどうすることもできません。

そのうち人形流しの結果がわかりました。二十三日の夕刻柳川河岸から流した十本の丸太のうち五本が、二十六日の夕刻、佃島に流れついたのです。ちょうど丸三日後になります。

種太郎の遺体が佃島に流れ着いたのは二十六日の朝でした。丸三日かかって柳川河岸から流れついたとすると、二十三日の朝、神田川へ投げこまれたことになります。

遺体は水を飲んでいませんでした。つまり殺してから投げこまれたのです。朝だから目撃人がいるかもしれません。

亀蔵、喜平次はさっそく下っ引らとともに聞き込みをはじめました。

いっぽうユキを殺した仙吉にも異変が起りました。

三河屋与兵衛は以前から、用事にかこつけて寺子屋を訪ねたり、

「伜がいつもお世話になって」

と初枝の住まいに水菓子(くだもの)をとどけたりしていました。

なんとか歓心を買おうとしていたのです。

だが、近ごろは道で出会っても初枝は顔をそむけて通りすぎてしまいます。寺子屋をたずねても口もきいてくれません。

どうしてかな。首をかしげる与兵衛に、

「当たり前だよ。旦那さんの家の小僧の仙吉に、可愛がっていた猫を殺されたんだから」

と近所の女房が吹きこんだのです。

「仙吉のバカ野郎。なんてことをしやがる」

与兵衛は仙吉が商売物のお白粉をほんのわずか横流ししたのに難癖をつけて、ひまをとらせてしまいました。

「おかみさんにいわれて仕方なくやったんです」

懸命に仙吉は弁解しましたが、与兵衛は容赦しなかったのです。