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2014年8月12日 3:41 AM

甲子園 なくしたものを思い出す

予定より2日遅れて高校野球夏の大会が始まりました。近年は大して興味もなかっ
たのですが、朝寝のベッドで居眠りしながら開会式のテレビ中継をぼんやり見たり、
アナウンスをきいたりするうち、ある記憶がよみがえってガバと目がさめました。
いまから47~8年前、わたしは夏の大会の実況中継に2~3年つづけてゲスト出演
したことがあるのです。テレビ局はABC。15日間の大会期間中毎日の出演でした。
むろん解説ではありません。試合と試合の合間、CMの空き時間などに同じくゲス
トの虫明亜呂無さんと高校野球について雑談する趣向でした。
虫明さんはわたしよりも一回りほど年上で、スポーツを題材にした小説、エッセイの
すぐれた書き手でした。高校野球にふさわしい純朴、誠実な人柄で、贔屓校の選手が
長打を放った時ときなど、立って腕をぐるぐる回し、
「それ、もっと早くもっと早く。なにしてるんだ」
などとさけんで正真正銘の昂奮ぶりでした。
いい人だなあ。その都度わたしは虫明さんが好きになったものです。
放送席にバイトにきていた学生の男女が意気投合して一緒に食事にいくことになりま
した。その話をきいて虫明さんは
「羨ましいなあ」と心底羨ましがっていました。本音の人でした。
試合の間だけでなく、入場式の日わたしはレポーターをやったことがあります。球場
前に整列して入場を待つ選手たちに近づき、その表情をレポートしたり選手の談話を
とったりする役目です。ところが放送の本番が始まるなり選手たちは整然とスタンド
下の通路へ行進を始め、談話を拾うどころでなくなりました。わたしは大いに狼狽し、
ディレクターの指示を乞うべくスタッフに目をやるのですが、彼らはじっとわたしを
みつめるだけ。何の指示もないのです。馴れないこととてわたしは逆上し、夢中で何
かしゃべってその場をすませました。「甲子園の中継始まって以来の最悪のデキ」と
いわれて落ち込んだものです。
その他の出番はなんとかつつがなくすませました。期間中ABCの運動部は全員が合
宿です。早朝から放送終了まで働きづめ。テレビ中継の大変さをつぶさに知って大い
に社会勉強になりました。
虫明さんは東京からきているので期間中はホテルに缶詰状態。わたしはといえば放送
が終わると毎日阪大病院へ直行です。当時阪大病院は堂島川の北側、ロイヤルホテル
の東寄りの川向うにありました。
大会の直前わたしの父親が食道ガンの手術をして阪大病院に入院していたのです。手
術そのものは成功したのですが、回復するだけの体力がなく、毎日生死の境界をさま
よっていました。意識はあったりなかったり、体中にチューブをつけて寝たきりです。
甲子園大会という若さと情熱とエネルギーの祭典から帰って、体中にチューブをつけ
生死の境をさまよう父の姿を見るのは、辛いとか悲しいよりも人生の実相を否応なし
に突きつけられる思いでした。母親も弟妹たちも交代で世話をしにきています。だが、
他家へ嫁いだり婿入りしたりしている弟妹らはどこか心ここにあらざる感じで、わた
は長男たるものの責任や義務感にかられたものです。
それにしても昼間は大観衆の甲子園。夜は阪大病院。この2週間はわたしの人格形成
に大きく影響したと思うのですが、どんな具合に関わりあったのか自分でもよくわか
らんのです。
その年の大会終了後約1か月で入院したまま父は亡くなりました。曇った日の朝でし
た。立ち会ったのは母親とわたし夫婦。独身だった末の妹でした。父の息を引きとっ
た病室の窓から対岸の中之島のビル街を眺めて、あまりのふつうの1日の風景なのに
なんだか拍子抜けしたものです。自分にとってこれほどの大事件が起った日なのに、
ビル街の風景はいつもと同じでした。そのことにずいぶんと割り切れない思いをした
ものです。土壇場で甘さが出たのでしょう。
さてここで今大会へ目をやると、春夏連覇を期待された竜谷大平安高は1回表に投手
が平常心をなくして5点をとられて敗れました。古豪平安は系列大学の名をくっつけ
たばかりに威圧感がなくなりました。大体大浪商などと同様、経営よりも伝統を大亊
にしてもらいたいね。
第2試合、坂出商はなんと16対0で敦賀気比高に敗れました。9回2死、坂出商の選
手はあわや内野安打というゴロを放ち、一塁へヘッドスライディングしてアウトになり
ました。世の中の合理主義、能率至上主義とは違う原理でこの選手はダイビングした
のです。
アホらしいと思いながら、わたしは大事な忘れ物を思いだした様な気がしました。
あの場面、坂出商の逆転の確率は0,00001%あるかないかでしょう。
でも、その微小な可能性のためにあの選手は頭から突っ込んだのです。成る、成らぬの
計算ぬきで彼は突入しました。日本人やなあ。わたしは共感しました。合理主義、能率
至上主義よりもすぐれた羅針盤が日本にはあるとわたしは思うのです。敗者坂出商業の
ほうにわたしは高校野球の現代的意義を見た思いでした。
80老のわたしよりも甲子園大会は長命です。老人にとってはいろいろと思い出探しの場に
なってゆくようです。前記の虫明亜呂無さんはかなり以前に亡くなりました。わたしはABC

のスタッフの一人と上京して「偲ぶ会」に出席しました。令息が通信社の社長になって

大阪におられるとききましたが、お会いするチャンスのないまま転勤されたそうです。

試合を見てこんなふうに故人を思い出してばかりいるようでは、選手たち嫌われるだろうな。
でも選手たちも今にジジイになる。朝日新聞はヘンだけど、甲子園は永遠です。