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2012年1月6日 3:00 PM

百花繚乱。年賀状

   「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」
 一休禅師の作といわれる句が年々身にしみますが、いただく年賀状のありがたみは反比例して増大します。
 元日から松の内にかけて郵便箱を覗くのが楽しみです。特に最近は配達される年賀状が多士済々。パソコン、プリンター、デジカメなどの普及で写真入り、絵入りのものが多い。時代の変化を感じさせます。
 わたしは年賀状は宛名、本文とも手書きです。書道を習っているのですが、まだ毛筆書きに自信がなく、サインペンを用いています。決まり文句の「謹賀新年」を冒頭に大きく書き、相手に応じた短いメッセージを書き添える主義です。
 若いころからこの形式でやってきました。一人一人に異なるメッセージを書き込むのは大変だけど、手書きでないとなんだか誠意がこもらないような気がするのです。IT文化に疎い昭和ヒトケタ世代の特徴なのでしょう。
 こんな感性をしているので、印刷された文面、それも宛先までが印刷の賀状にはありがたみを感じません。馴染みでない飲み屋とかなにかの商店の賀状にこれが多い。
 「面倒だが、今後のこともあるのでまあ挨拶だけしておこう」
 という底意が丸見えです。むろん返事は出しません。
  十年ほど前までは、幼い子供や夫人と撮った写真入りの賀状がめずらしくなかった。当方は夫人や子供に関心はないのに、家族愛の押し売りのようで閉口したも のです。でも、それらの人々も年をとって、その種の「幸せ自慢」はずっと少なくなりました。男同士の付き合いにマイホーム主義がまぎれこんだのは、20年 ほど以前だったと思います。
 江戸時代は年始の挨拶回りが習慣だったようです。訪問先が多すぎて回りきれない者が年賀の書状を届け させたらしい。郵便制度が確立して以後、年賀状は定着しました。、それでも現代ほど普及はしていなかったようです。昭和24年、お年玉つき年賀ハガキが発 売されると、爆発的に量が増えたということです。
 でもお年玉には大した景品がない。的中率も宝くじより低いようです。ろくに当選番号を調べなかったせいもあるけど、わたしは一度もこれという景品に当ったことがありません。郵政が民営化したのだから、もっと弾んでも良さそうなものなのに。
  わたしに今年きた賀状は、龍の絵や風景写真の下に新年の挨拶文を印刷し、ペンなどで短文を書き添えたものが圧倒的に多数でした。利便性のみではなく親しみ の念を重視するスタイルが多くてうれしかった。とくにむかし世話になった編集者や高校、中学時代の同級生の賀状がなつかしい。北新地でともに一杯やりたく なります。
 活字世代の習性でわたしはこれまでカラフルな年賀状に違和感を抱いていました。手書きが面倒で手を抜きやがったという偏見が心の底にあったのです。
だが、今年とどいた賀状を繰り返し眺めて、多くの人が賀状の美しさや構成に並々ならぬ工夫をこらしているのがよくわかりました。手書きを尊重するわたしと は力点のおきかたが異なっているだけで、年賀の心情そもものには昔と変わりありません。手書き主義わたしのほうがが時代遅れであり、むしろズボラだったよ うです。
 世は映像の時代です。送る相手がなるべく喜ぶものをつくる努力をわたしは怠っていたわけです。これがわかったのは、昨年春からパソコンなどITの勉強を始めたおかげです。視野がひらけて書くものにも新味が加わりそうな気がします。
  年末から正月にかけての楽しみはN響の第九、、クラシックハイライト、ヤンソンス指揮のニューイヤコンサート、オペラコンサートなどでした。クラシックハ イライトは交響曲、協奏曲などのサワリの楽章、ニューイヤーコンサートはウインナワルツ集、、オペラコンサートはさまざまなオペラのアリア集というわけ で、短い曲ばかりなのが年賀状気分をかきたてていた。各オーケストラやソリストから賀状をもらった心地でした。お屠蘇気分でたのしませてもらいました。。
  わたしは前年にもらった賀状を見て今年の賀状を書くことにしています。郵便番号の記入していない賀状ががたまにあって、調べるのに手間がかかって閉口で す。。来年の賀状は要らないという意味なのだろうか。そう思って自分の賀状を投函前にチェックしてみたら、書き漏らしが二通ありました。あまり他人のこと を非難すべきで
はないと肝に銘じた次第であります。
なお今年から当ブログは火曜日更新としますが、今週は準備不足で実行できませんでした。来週から変わることにします。 これからもどうぞよろしく。