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2011年9月15日 2:40 PM

私小説の新しい土壌

この春ブログを開設し、トシのわりに新しいことをやっていると思っていたら「全然めずらしくないよ。お友達のなかにも何人かいる」
 と妻にいわれました。主婦や勤労女性、女子学生などのブロガーはたしかに多いらしい。
  佐々木俊尚氏の「ブログ論壇の誕生」によると全国のブログ開設者はナント867万人(2006年)だそうで、これでは珍しくもなんともない。ただし大部分 の人々はブログをいわば公開日誌として使用し、今日身辺に起こったこと、食べたり見たり聴いたりした事柄を書いているだけだそうです。妻と友達もレストラ ン情報、医療情報、買い物情報などの交換にブログを重宝しているらしい。
 このように日本のブログは個人の身辺記録や情報の交換に とどまっています。政治問題や社会門題の論議が次から次へ際限もなく伝達され、アメーバーのように増殖して巨大な勢力になる例はまだ少ないのそうです。中 国のようにネット情報から反政府運動が起こったり、中東諸国のように革命の起こったりする現象はいまのところ見られない。ネット情報が現実社会の大きな勢 力となるのは言論統制を敷いている国の特徴なのでしょうが、日本のブロガーが比較的温和なのはそのせいだけではないようです。日本人の意識がとかく「私」 に集中ことに大きな理由があります。
 日本のブログの公共性の乏しさは、日本人の「日記好き」に源流があるのかもしれないと佐々木 氏は書いています。わたしはこの見方に賛成です。人々が身辺雑記ふうのブログを公開することに「やたらと自己発信したがる大人、ナニが楽しいのか理解でき ない」という柳沢きみを氏のような人もいますが、ブロガーの一人になってわたしはこれにハマりました。
 日記を書く人々は後年日記を読み直して「あのときのおれは若気の至りだったなあ」とか「あれはきっぱり断ればよかった」などとさまざまな感慨にひたるはずです。それこそ文学の第一歩なのです。
  駆け出し時代、私は「小説を書くことは人間を書くこと」と信じていました。だれに教わったのでもないが、書き手にも読む側にもそんなコンセンサスがありま した。人間の美醜、崇高さ下劣さ、賢さ愚かさを独自の視点から描き出して「どうだ、人間ってこんなもんなんだぞ」と読者へ提示するのが主要な効用だと思っ ていたのです。
 人間を書くために一番手近な材料は自分自身です。当然自分に起こったことが題材になります。過去に日記を書いてい ればそれをひもといて記憶を新たにし、ああだ、こうだと解釈して物語にするわけです。わたしの場合は少年期の疎開体験、野球体験、サラリーマン体験などが 核になりました。深く刻まれた記憶で書いたのですが、もしも日記があれば、細部の描写に大いに役立ったと思います。さらに当時気づかなかった事柄や、目に つかなかった事柄が発見できたことでしょう。
 じっさい、わたしの経験からいえば小説を書く最大のよろこびは自己発見のよろこびで す。ああ、おれはこんなことを考えていたのか。こんな側面がおれにはあるのか。何度もおどろかされ、あきれたり、自己嫌悪にかられたりします。ああ、お れって案外善良じゃないか。たまには自惚れることもあります。私小説の制作ほど自己発見の機会が多く、しかも大切な発見につながる作業はありません。
 日本文学の主流はむかしから私小説でした。構想ゆたかな、波乱万丈の物語よりも、自分自身に注意を集中し、自分は何者なのか、人生とは何なのか、自分なりの認識にいたる道筋が小説でした。まさに「人間を書く」作業だったのです。
 田山花袋 志賀直哉、葛西善蔵、若いころの太宰治、尾崎一雄、久米正雄などなつかしい名前です。久米などは「バルザックなんか通俗作家だ」と断言して、世間をおどろかせたようです。
  戦後、評論家はこぞって私小説を批判しました。発想が極小で、豊穣なロマンに欠ける、世界観がない、作中人物に成長性がないの理由だったと思います。多く の作家がこの流れに沿ってスケール大きな文学を目指しました。村上春樹はその成果だったと思います。だが、車谷長吉、佐伯一麦に加えて最近では西村賢太が 出現、私小説の砦を守っています。
 ではおまえはどうなんだ。訊かれると、いやはや赤面の至りであります。でも、ブログを始めたおかげで新しく自己発見の場を得た気分であります。そのうち成果をお目にかけられるかと思います。まあ、期待はされてないだろうけど。
  それよりも冒頭の話。身辺雑記ブログのことです。日記ふうに書いている人は、そのことによって友人との通信のみならず自己発見の場をもっているということ です。IT評論家書氏の言うような社会的勢力の一員となるのもよいが、文学への出発をわたしはすすめ、期待します。21世紀の私小説は867万人のブロ ガーから生まれるに違いありません。