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2013年6月25日 2:28 AM

維新惨敗、諸行無常のひびきあり

東京都議選で日本維新の会は獲得議席2の惨敗を喫しました。わたしは平家物語の冒頭の詠嘆を思い出してジーンとなりました。。
祇園精舎の鐘の声 諸行無常のひびきあり
維新の会は平家と違って奢るひまもなかったけど、半年前、1年前の旭日の勢いを思い出すと、わたしは人生のはかなさ、栄枯盛衰の激しさに驚嘆せずにはいられません。 第一次安倍内閣のころ、つづく民主党政権時代、わたしは橋下徹氏に大きな期待をかけていました。
石原慎太郎氏が維新の会に合流したときは、いずれ既存政党を倒して彼らが国の頂点に昇るだろうと思ったものです。すっかり当てがはずれました。
わたしが橋下氏に期待したのは、その生活力、実行力、発信力を高く買ったからです。
いうまでもなくわたしは半端な小説家にすぎません。政治や経済にはほとんど無知です。ただし人間を見る目はそれなりに鍛えてきたつもりです。政治家を評価するにもその人間を見て、この男は私利私欲しか頭にないとか、見識はあるが実行力不足だとか判断するしかありません。橋下氏が知事に当選した意味とか、知事時代の実績が云われるほどでないことなどは山本健治氏の著作で勉強させてもらったけど、そんなことにわたしはさほどこだわりません。
人生は多くの面で闘争です。だれもが一段でも出世や富裕化の階段をのぼろうとして戦います。ある者は誠意や誠実さを武器に、ある者は知識や見識を武器に、ある者は戦術や策略を武器に競争者を蹴落とそうとします。いや、武器は一つでなく3つも4つも駆使して社会の頂点へ登ろうとするのか普通でしょう。
橋下氏は闘争力が抜群です。ほとんどの人間が栄達の階段を上るので精一杯で、それだけで一生を終えてしまうのですが、かれには余力が感じられました。
世の大政治家、大実業家には激烈な競争を勝ちぬいて、さらに天下国家へ目をやる余裕がありました。私利私欲を満たすだけで手一杯で、ある程度の社会的成功に満足して生涯を終える人材ならワンサといます。だが、大物は違います。岸信介、佐藤栄作、中曽根康弘らは出世競争に勝ち抜いて日本の地位を高くする政治をやったし、松下幸之助は世界的な大企業を起こしたうえで社会貢献を心がけました。
人を見る目がなかったのかどうか、わたしは橋下徹に大成の期待をかけました。あれだけの突破力があれば、まだ若いうちに頂点をきわめるだろう。彼なら自己保存に汲々とせず国家のため働くのではないか。そんなふうに思ったのです。
石原慎太郎氏が合流したとき、わたしは世の中の流れが良い方向へ向かうものと期待しました。石原氏は日本の政界人、財界人に最も欠けた豊かな教養、識見の持ち主です。若さゆえの危なかしさのある橋下氏を補完しつつかれを成長させるにはもっともふさわしい人物だと思いました。このブログでも「石原連合艦隊司令長官、橋下第一航艦司令長官のコンビでハワイ空襲の大戦果」などと書いたことがあります。
でも石原氏の合流は裏目に出ました。自民党の古手のボスが10人ほどついて出たのがまずかったと思います。あれで維新の会の清新さは失われたし、維新の会が自民党の不満分子の受け皿のように見えるようになってしまいました。
都議選惨敗は橋下氏の慰安婦発言、沖縄の風俗産業発言にあったといわれています。わたしは二つの発言よりも日本のメディアがこの時とばかり寄ってたかって彼を叩きに回ったことが異様に見えました。沖縄発言についてはアメリカの司令官が不快の念を表明したことの尻馬にメディアが乗ったとしか見えません。げんに風俗産業があり、そこで稼いでいる女性が存在する以上、「女性蔑視」は当たらぬでしょう。彼がむかし飛田遊郭の顧問弁護士をしていたことも、チャンス、とばかりとりあげられました。そんなこと、単身で競争に勝ち抜くためには、べつに指弾されるべきことではないのす。人生はなにしろ食うか食われるかなのですから。
先日橋下市長と松井知事はオスプレイの訓練場に八尾空港を使うとの案を安倍総理に申しいれました。このニュースを報じるあるテレビ番組の司会者が、
「見え透いた評判回復策ですね」
と一刀両断に斬りすてていました。
そのテレビ司会者は顔立ちも発信力も橋下氏に遠くおよばないのです。メディアのエリート記者たちには一匹狼で今日までノシ上がった橋下氏に、無意識の嫉妬心があるのではなかろうか。いや、橋下氏の出自などをめぐって社会に大きな偏見があるのではないか。そうわたしは思ったのです。