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2012年9月17日

至福のとき(1)

 

 

 

その日大町大二郎は目明かしの喜平次と中間(ちゅうげん)の新助を連れて本所一帯を見廻りました。

夕刻近く通町をへて帰途につきました。このあたりは江戸で一番の目抜き通りです。

かんかん照りの一日でした。買い物客、夕涼み客、芝居の見物客などで街はにぎわっています。

大店の並ぶ十軒店にさしかかったとき、喜平次が足をとめ、すれちがいかけた男女の二人づれに声をかけました。

「これは京屋のおみつさま、お久しぶりでございます。おわすれですか。植木屋の富蔵の伜、喜平次でございます」

喜平次はひょろ長い体を折って挨拶する。

「あら、キーちゃんなの。あ、ごめんね、ついむかしの癖が出て。いまは喜平次親分なのよね」

おみつと呼ばれた女が笑って応じました。

年のころ二十七、八。大柄で気の強そうな女ですが、人なつこい笑顔です。

「お変わりなさそうね親分さん」

「相変わらずで。おみつさまはその後、ご再嫁されたのですか」

「おかげさまで。つい一月前、この人と祝言をあげたの。家は下谷の坂本町。今日は実家をたずねた帰りなのよ」

つれの男の肩へおみつはうれしそうに頭をあずけます。

男は三つ四つ年下のようでした。色白で目もと涼しく、鼻筋の通った好男子です。名は理助。料理職人だということでした。

「見ればおわかりでしょうが、こちらは南の番所(奉行所)の大町大二郎さま。町廻りの帰りでございます」

喜平次が引き合わせると理助夫婦は一礼しました。

大二郎はかるく会釈をします。

理助はただの料理人にしては油断ならぬ雰囲気の若者でした。大二郎と目を合わせないのです。

二組はそれでわかれました。振り返って喜平次が話しかけます。

「いやあ、わからぬものですねえ。あの縁遠かったおみつさんが、あんな男前の亭主を見つけるんだから。おどろきですよ」

歩きながら喜平次は話をつづけます。

みつは尾張町の呉服問屋「京屋」の娘です。女三人男一人の四人きょうだいの次女でした。女三人のうち、上と下は美女だが、みつは「並」だといわれています。

喜平次は植木職人の伜で、幼いころ父についてよく「京屋」に出入りしていました。五つ年上のみつに可愛がられたということです。

みつは十八で牛込町の町医者に嫁入ったがほどなく離縁になり、実家へもどりました。

三年後、今度は下谷の貸本屋へ嫁入ったのですが、ここも二年でダメになりました。二度の婚姻で子供は生まれなかったようです。

みつは男勝りです。娘時代は薙刀(なぎなた)の稽古に通っていました。習い事も好きで、和歌、三味線、書に身をいれていたようです。だが、料理や縫い物は苦手でした。

「そんなことでは嫁にもらい手がないよ」

と娘時代はよく母に叱られていたものです。

だが、みつは気にしませんでした。持参金目当ての縁談がいくらでもあったのです。

「お嫁入りしておさんどんをするなんでまっぴら。一生ひとりでもいいわ」

胸を張ってそういっていました。

だが、十八をすぎると、親も周囲もうるさくなりました。しぶしぶみつは最初の婚姻に踏み切ったのです。

「そうですか。あのおみつさんという人、これで三度目の嫁入りだったんですか。ふうん人間、待てば海路の日和なのだなあ」

新助は自分にいいきかせていました。

「理助といいましたっけあの亭主。おみつさん、どこであんな好い男を見つけたのかな」

喜平次は独り言のようにつぶやきます。

「女はあの年ごろで嫁(ゆ)きそびれたら、だれからも相手にされなくなるからな。血まなこになって男をさがしたんだろう。しかし、あの男は見るからに金目当てだ。お節介だが、おみつは今後苦労するかもしれないぜ」

大二郎は見立てたあと、すぐにみつと理助夫婦ことをわすれました。

とくに気になる夫婦ではなかったのです。

 

 

ところが半月後痛ましい知らせが入りました。

呉服問屋「京屋」の隠居所へ賊が押し入り、おりから実家へ帰っていたみつを殺したうえ、七百両の金を奪って退散したのです。