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2012年10月3日

至福のとき(10)

すぐに喜平次が町役人をつれて回向院へ出向きました。

ところが千体地蔵尊の供養会の直後とあって寺全体が込み合っています。喜平次は受付の僧に正七を呼んでくれとたのみましたが、相手にされませんでした。何百人もの僧のうち、俗名しか知られていない新入りをさがしだすのは無理だというのです。

「そうか。では明日の四つ(午前十時)に元町の自身番へくるよう伝えてくれ。咎めではねえ。聞きたいことある。お上の御用だぞ」

念を押して喜平次はもどってきました。

あくる日。大二郎は二人の目明しと新助をつれて元町の自身番へ出向きました。

正七はさきにきて待っていました。香南という中年の僧が付き添っています。回向院のなかでも高位の僧のようでした。

「回向院の境内の松で正七は首を吊ろうとしたのです。たまたま拙僧が月見に出て、すんでのところにゆきあわせました」

よどみなく香南は説明しました。

白牛酪を犬に奪われたうえ、覗きがばれ、問われるまま主家の名を口に出してしまった。もう京屋へはもどれない。死ぬしかないと思いつめて正七は回向院へやってきました。。

松の枝に縄をかけ、念仏を唱えているところへ香南が通りかかったのです。

「事情をきいてみると、寝たきりのお婆さんに功徳をほどこしたあと、騒ぎを起こしたということでした。死ぬほどの罪ではない。仏門へ入ってやり直せとすすめたんです」

まだ得度の儀式はあげていないのに、正七は頭を剃りました。知人と出会っても気づかれないようにするためです。

とりあえず正七は雑役夫になりました。得度したら修業を始めます。娑婆にもどる気はまったくないということです。

「仏門へ入れば女湯を覗くくせも治るでしょうよ。正七にはいい薬になります」

正七の顔を見て香南は笑いました。

照れ笑いして正七は頭を掻きます。

いや、そんなにたやすく治る病いではないぞ。大二郎はいいたいのをこらえていました。

「お寺は衆道のほうが盛んなんでしょう。お前もそっちへ鞍替えするのか」

亀蔵が遠慮のないことを正七に訊きました。

「無礼なことをいうな亀蔵。回向院は浄土宗だ。真宗と浄土宗は衆道を禁じている」

たしなめる大二郎を香南は手で制しました。

「表向きはたしかに禁じられていますが、裏ではみんなよろしくやっていますよ。僧侶は女犯すると罰せられるので、どうしても稚児さんが欲しくなる。浄土宗や真宗でもそれは同じです」

「そうですよ。芳町あたりの陰間(かげま)茶屋の一番のお得意はお坊さまなんだから」

亀蔵がわけ知りらしくうなずきました。

僧侶は廓や岡場所で女遊びをするとき、白無垢の小袖に十徳などをきて医者を装わねばなりません。だが、陰間茶屋にはおおっぴらに袈裟姿で出入りできるのです。

「正七。覚悟しておけよ。お前にも稚児になれと声がかかるかもしれねえぞ」

喜平次が気味悪そうに声をかけました。

「まさかそんな。私なんかだれも相手にしてくれませんよ」

正七はまんざらでもない面持です。

「さあ、どうですかね。正七はぎりぎり間にあう年ごろだが」

香南が笑って口をはさみました。

男色の対象となる少年は十四、五歳からせいぜい十八、九歳までです。正七はぎりぎり間に合う年齢ですが、愚鈍そうな容貌なので、その方面の声がかかるとはちょっと思えないのです。

「以前、舞台子あがりの若い衆が回向院で得度したことがありましてな。そのときは大騒ぎでした。あわや血の雨が降りそうだった。野犬の群れにニワトリを一羽投げ込んだようなものでした」

笑いながら香南は打ち明けました。

舞台子とは、歌舞伎の舞台に子役や踊り手で出ていて、終演後僧侶などの観客に買われる少年のことです。とびきりの美少年が揃っています。

数年前、中村座の舞台に出ていた少年が回向院の僧になったことがあります。年上の僧侶たちが色めき立ちました。彼をめぐる争いで決闘が行われる矢先、高僧が彼を側近に引き取ったのでやっと治まったということです。

「舞台子ですか。なるほど」

大二郎はひらめいて胸がおどりました。

舞台子、美少年、理助と連想が働いたのです。

理助、理助。これまで理助を下手人に見立てたことはありませんでした。賊に妻を殺された男。料理茶屋開業の夢を断たれた可哀想な男。同情心がさきに立ってあの男を見誤っていたようです。

むろん一通り身辺の聞き込みはやりました。だが、なに一つ怪しい点は見当たりませんでした。 並外れた美男なのに浮いた噂はなかったし、みつ以外の女に関心は抱かなかったようです。