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2012年9月18日

至福のとき(2)

出入りの植木屋の伜が目明しなのを思いだして、「京屋」はまっさきに喜平次へ急を知らせました。

早朝から喜平次は大二郎の宅へ駆け込んだのです。

大二郎は新助をつれて「京屋」へ直行しました。、

「京屋」は間口十間。界隈(かいわい)ではこの程度の大店は珍しくありません。当主の幸兵衛夫婦、二人の子供、十五人の奉公人は母屋で暮らしています。先代夫婦と女中一人が裏庭の隠居所に住んでいました。

隠居所は小さな二階家です。みつは二度の離縁をして実家へ戻ってきているあいだ、この隠居所の一階で暮らしていたということです。

三日まえからみつは実家に泊っていました。理助とともに料理茶屋を出すための元手(もとで)を借りにきていたのです。

理助はまだ二十二歳ですが、料理の腕に自信をもっています。料理茶屋を出すのが夢で、池之端の料理茶屋で修行しているのです。

なんとか夢をかなえさせてやりたい。みつは理助をつれて実家へ掛け合いにきたのです。

融資について当主の幸兵衛はあまりいい返事をしなかったようです。みつは理助をさきに家へ帰らせて、一人実家に残って説得につとめていました。やっと話がつき、もう一泊して、明日は金をもって坂本町の自宅へ帰る直前の夜中に襲われたのです。

大二郎は喜平次とともにただちに検分を開始しました。

みつは隠居所の一階奥の六畳間の寝床のうえで死んでいました。縛られて、のどを掻き切られ、胸を一突きされています。

流れ出た血が敷布団をべったりと濡らし、畳にまで染み出ていました。先日通町で会ったときとは別人のような苦悶の表情でした。

となりの仏間にあった七百両入りの手文庫がなくなっています。賊はみつを縛って金のありかを訊きだし、手文庫を奪ってから殺したのでしょう。

「こりゃひでえや。可哀相に。金を奪ったんだから、命まで奪わなくてもよさそうなもんですよねえ」

喜平次はやりきれない面持です。

老夫婦が二階に、みつと女中のさとが階下に寝ていました。老夫婦はなにも気づかずにいましたし、女中は縛られて猿ぐつわをかまされ、声を出せなかったようです。

賊は塀を越えて「京屋」の裏庭へおり、雪隠の窓障子を外して屋内へ入りました。

窓障子は外されたままです。忍び返しのついた塀には縄梯子が残っていました。

大二郎らは次の間で寝ていた隠居所の係の女中、さとを玄関の間に呼んで話をききました。

さとはこの春「京屋」にやとわれたばかりの、十六の小娘です。

真夜中、さとは暗闇のなかで揺り起され、いきなり口をふさがれて頬に刀の刀身を押しつけられました。ついで猿ぐつわをかまされ、縛られて寝床のうえに転がされたのです。

賊は一人でした。無言のまま奥の六畳間へ移り、同じようにみつを縛りあげました。

賊とみつは小声でなにかいいあいました。金のありかを賊は訊いたようです。やがて仏間へ賊は入り、仏壇へ近づきました。

終夜(しゅうや)行灯(あんどん)のあかりに賊の顔が浮かびました。左目だけ露出した覆面をしています。年のころは不明。動きがどこかぎこちなく見えました。

賊は二本差しで襷(たすき)掛けだった。袖をたくしあげた左腕の肘下に二筋の入れ墨がありました。

賊は仏壇のまえの机の下にあった手文庫をとりだすと、六畳間へもどり、みつを殺害しました。ほとんど声を出さずにみつは死んだのです。脇差しでのどを掻き切られたのをさとは見て、あとは目をつぶって震えていました。

用意した布袋に賊は手文庫をいれ、かついで退散しました。

さとはただ恐ろしくて、歯の根も合わずに転がっていました。恥ずかしい話ですが、失禁していたのです。

遠くで犬が吠えました。賊が塀を越えたのでしょう。さとはわれに返り、なんとかしなければ、と勇気ふるい起こしました。

縛られたまま寝床から転がり出ました。枕元のふすまに近づき、どしんどしんとふすまを蹴ります。賊が引き返してきそうで、恐ろしくて気が狂いそうでした。

四半刻(三十分)もそうしていました。ようやく隠居の内儀が音に気づいて、

「うるさいねえ。どうしたのよ」

と梯子段をおりてきました。安心したとたん、さとは失神し、しばらく気がつかなかったのです。

手文庫に七百両もの大金が入っていたのを、さとはまったく知らなかったようです。

「覆面が片目とはめずらしいですな。賊は右の目が見えねえ野郎だ」

「おまけに左腕に入れ墨があった。こりゃ目星がつけやすいや。市中の自身番に触れをだせば、すぐに下手人がうかびますよ」

亀蔵と喜平次はもう賊を捕らえたような顔です。

賊は二本差しだったが、左腕の肘下に二筋の入れ墨があったというから武士ではありません。二筋の入れ墨はおもに百姓、町人の盗人に課せられる刑罰なのです。おそらく無宿者なのでしょう。

大二