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2012年9月22日

至福のとき(4)

大二郎は幸兵衛をさがらせ、理助を玄関の間へ呼びだしました。

相変わらず男も惚れ惚れする男前です。冷たいほどととのった顔立ちが、泣いたせいでほどよいぬくもりをおびています。

「とんだことだったな。女房を亡くした上、料理茶屋の夢も消えてしまった」

大二郎がいたわると、理助は顔をあげて、涙ながらに答えました。

「いいえ、夢など二の次でございます。なによりもおみつを亡くしたのが口惜しゅうございます。せっかく一生の伴侶を得たつもりで睦まじくやっておりましたのに」

理助はそれ以上言葉にならないようです。

大二郎はいくつかの問いを発しました。

隠居所に大金があること、今日受けとりにゆくことをだれかに話しはしなかったか、片目で左腕に入れ墨のある男に心当たりはないか、京屋の奉公人のなかに理助と仲の良い者がいないかなどです。

いずれも理助は否定しました。昨夜八つ半(午前三時)ごろどこにいたと訊かれたときは

「もちろん家でぐっすり寝ておりました。お役人さま、まさかこの私をお疑いなのでは。頼りにしていた女房を亡くしたこの私を」

と声をふるわせて訊き返しました。

「いや、気にするな。役目柄なのだから」

苦笑いして大二郎は手を左右にふります。

理助を放免するのと入れ替わりに喜平次がもどってきました。

七百両を近江屋から運んだ三人は、いずれも事後それぞれの奉公先へもどりました。三人とも住み込みの手代なのです。

京屋の正七という手代だけが夜、みつに命じられて使いに出ました。それきり朝になっても帰ってこないということです。

聞き捨てならない話です。すぐに大二郎は京屋の手代仲間を呼んで聞き取りをしました。

それによると、昨夜六つ半(午後七時)ごろ、手代や小僧たちが夕餉を終えた時分に、みつが台所へ正七を呼びにきたということです。

「正七、ご苦労だけど薬研掘まで買い物にいってきておくれ。いつもの楓屋に」

楓屋は有名な薬種屋です。明日みつは坂本町の自宅へ帰るにあたって、高価な薬草をもって帰る気だったのでしょう。

正七は夕餉の前に近江屋から大金を運んだばかりでした。またお使いか。ふくれ面で立って隠居所のほうへ出てゆきました。

内心ではよろこんでいるのをみんな知っています。正七はみつの気に入りで、みつが理助に嫁ぐ前からなにかと走り使いをさせられていたのです。駄賃ももらっていたらしい。

だが、出ていったきり今朝になっても正七は帰ってきません。手代は六畳間に四人が寝るのですが、正七の寝床は冷えたままでした。

「おかしいねえ。正七はまだ帰ってないの」

昨夜四つ(午後十時)ごろ、一度みつが様子を見にきて、首をかしげて去ったということです。

手代らはみんなすぐに眠りこみました。彼らがみつを見たのはそれが最後だったのです。

話をきいてすぐ喜平次が薬研掘の楓屋へ調べに出向きました。

昼前にもどってきて、昨夜たしかに正七が買い物にいったらしいと告げました。

「買ったのは白(しろ)牛酪(ぎゅうらく)(バター)。いやはや、値の張るものですなあ。ほんの一(ひと)箆(へら)で一両だっていうんだから」

喜平次は目を丸くしていました。

これまでも正七はニ、三度白牛酪を買いにいかされたようです。労咳(ろうがい)(結核)に著効があるといいますが、たんに強壮薬でもあります。理助は精力剤に用いていたのでしょう。

「追剥に襲われて薬代と命を奪われたのかと思ったが、そうでもないようだな。正七はちゃんと白牛酪を買っていた。金をもってずらかったわけでもない。どうしたのかな」

大二郎は考えこみました。

「正七はおみつさんのお気に入りだったのに、なぜ姿を消したんですかね。なにか叱られるネタでもあったんでしょうか」

喜平次が口をはさみました。

「やはり賊の一味だったのさ。金のことを仲間教えて手前はずらかったんだ。おみつは飼い犬に手を噛まれたってわけだ」

分別くさく亀蔵がつぶやきました。

みつに可愛がられていたというから、正七は美男なのだと大二郎は思っていました。ところが目が細く、団子鼻でニキビ面の若い衆だったようです。

年齢は十七。気は利かないが、陰日向(かげひなた)なく働くところが取り柄でした。この春小僧から手代に取り立てられたばかりだということです。

みつは外へ出るときいつも正七をお供にしていました。寺社詣で、花見、花火見物、稽古事などなんでも正七、正七だったのです。

夜遊びする日は刻限をきめて正七を迎えに来させました。みつが理助とねんごろになってからも、正七の夜の出迎えはつづいたようです。

出迎えの刻限がきめてあるといっても、みつは約束など気にもとめません。正七は近くでじっと待つことが多かったようです。みつと理助が出会い茶屋でよろしくやっているあいだ、真冬に一刻(二時間)も待たされたあとは、さすがにボヤいていたということです