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2012年8月4日

花かんざし(1)

負けじの大二郎 捕物控 第二話

 

 

 

五月中旬のその日は朝から晴天でした。

大町大二郎は岡っ引の亀蔵と中間(ちゅうげん)の新助をつれて本所一帯の町廻りに出ていました。

そろそろ夏です。両国橋東の広小路に冷水売りが出ていたますし、回向院(えこういん)の境内の木々で、にぎやかにセミが鳴いています。

軒をつらねる見世物、覗きからくり、講釈などの小屋の周辺は、きょうもかなりの人出です。鬼娘の見世物が人気らしく、呼びこみのまえに人だかりがしています。何人かは扇子を使いながら入場の順番を待っていました。

「暑くなると町廻りもらくじゃねえな。亀蔵よ、ここらで一休みしようか。厄年すぎると冬よりも夏がこたえるっていうからな」

大二郎は気づかって声をかけます。

亀蔵はあごを出しかげんに、汗を拭き拭き歩いていたのですが、いたわられると、不本意そうに肩をそびやかしました。

「いえ旦那、ご存知のとおりあっしは幕張(まくはり)の浜育ちでござんすからね。暑くなりゃなるほど元気が出ます。魚釣りや投げ網のことを思い出すんでさあ。一休みどころか、なんとなくそわそわと気がせいちまって」

「そうか。おれも海釣りは好きだな。近いうち、涼みがてら船を出そうか」

大二郎がいうと、うしろで新助が声をかけてきます。

「大町の旦那、せっかく船を出すんなら花火見物をお願いします。ゆうべは氷代橋(えいだいばし)の下が見物の舟で埋まっていましたよ。川開き三日目なんだから」

新助は川開きになると、毎晩のように花火見物に出るようです。

仲間と屋台で一杯やったあと、玉屋ァ、鍵屋ァなどとさけびのです。通りがかりの娘に、白玉(しらたま)を食べにいこうなどと声をかけもするようですが、フラれてばかりらしい。

三人が竪(たて)川の一の橋へさしかかると、下流のほうから一人の男が走ってきました。男は大二郎らに気づくと、救われたように歩をゆるめます。

「お、大町の旦那、ちょうど良かった。二ノ橋の下で土左衛門があがったんです。じ、自身番から番所へ使いを出そうと思って」

男は相生町(あいおいちょう)の町役人でした。

土左衛門が浮かんでいると自身番に知らせがあり、二ノ橋へいってたしかめてきた。いまから若い者を検使の依頼に南町奉行所へ走らせるつもりだったようです。

「あ、あちらです。あらためてくだせえ」

町役人はまだ息をはずませて、さきに立って歩きだしました。

来あわせた以上、大二郎は検使にならねばなりません。すぐに二ノ橋へ向かいました。

橋の近くに人だかりがしています。土地の下っ引が二人、橋際に縄を張って野次馬が近づけないようにしていました。死者の身元などはまだわかっていないのです。

橋のそばの舟着場に遺体は引きあげられ、筵(むしろ)をかぶって横たわっていました。

大二郎と亀蔵はしゃがんで筵をまくりあげます。遺体は恰幅のよい町人です。四十代のなかばぐらいでしょう。

「なんだこれは。ひどい刺し傷だぞ」

「おぼれ死んだんじゃねえようですな。刺し殺されてから川へほうりこまれたんだ」

大二郎と亀蔵は仏の着物の前をひらいて、おどろいて顔を見あわせました。

胸に三カ所、腹に二カ所の刺し傷があります。凶器は短刀のようです。水中にあったので、遺体に血痕はないが、下着には傷口の血がしみこんでいました。

二ノ橋の下の浅瀬には、舟をつなぐための棒杭が二十本ばかり立っています。遺体はうつぶせになって水中をただよい、棒杭に引っかかっていました。おかげでこの時刻まで人目につかなかったようです。一人の船頭がもやいである自分の猪牙舟(ちょきぶね)を出そうとして岸辺へおり、遺体に気づいたということでした。

「殺されたのは昨晩だ。隅田川のほうは花火の見物客で混みあっている。支流の竪川には舟もすくない。賊は仕事がやりやすかっただろうな」

「財布も胴巻きもねえから奪われたんでしょうが、これだけ滅多やたらに刺されたんだから、ただの追剥のしわざじゃありませんな。恨みがあっての殺しでしょう」

「身なりから見ると、どこかの大店の旦那だろう。大金をもっていたかもしれぬぞ」

大二郎と亀蔵は小声で話しあいました。

遺体は上質のつむぎの上下を着て、高価そうな博多帯をしています。履物はなくなっていますが、煙草入れも贅沢な品でした。

まだ身元がわかりません。いあわせた下っ引や船頭に訊いてみたが、だれも見おぼえがないようです。

「浅草あたりから花火見物にきたのかな」

「それなら両国橋の近辺にいたはずです。わざわざ花火から遠ざかりはしないでしょう」

「そこらの舟宿に女を待たせていたのかもしれないな。すぐ当たってみろ」

二ノ橋近くに舟宿が三軒ならんでいます。

大二郎にいわれて数人の下っ引が舟宿へ飛んでいきました。

すぐに彼らはもどってきました。どの舟宿にも昨晩女の一人客はいなかったという。

こうなると南町奉行所へ家族が届け出るのを待つしかありません。下っ引を一人、南町奉行所へ使いにやります。