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2012年8月9日

花かんざし(2)

遺体は町役人が指図して近くの回向院(えこういん)へ運びました。牢死人、行き倒れなどの埋葬、供養は回向院の役目です。界隈の変死者はすべて受けいれてくれます。

大二郎らは相生町の煮売屋で昼食をとったあと、午後の町廻りに出ました。

夕刻近く 二ノ橋のそばで殺害された男の身もとがわかりました。浅草田町の女衒(ぜげん)、松屋甚兵衛だということです。

甚兵衛はきのうの午後家を出たきり、きょうになっても帰りません。これまでなかったことなので伜が南町奉行所へ届け出ました。それらしい遺体があるときいて伜は回向院へ向かい、変りはてた父親と対面したのです。

「そうか女衒か。どうりで贅沢な身なりだったぜ」

「商売がら人の恨みも買ったでしょう。その筋からたどれば、案外はやく下手人の目星がつくかもしれませんな」

大二郎と亀蔵はうなずきあいました。

女衒は貧家の娘を廓や岡場所へ身売りさせる口入れ屋です。海千山千のワルが多い。

「松屋甚兵衛は吉原の大店へ出入りして、羽ぶりは良かったようです。伜の話では、子分も三、四人使っていたってことで」

使いの者がいまいましそうに告げました。

「その女衒の旦那がなんだってこの界隈へあらわれたのかな。吉原の花魁になれそうな娘を見つけたのだろうか」

「どうですかねえ。このあたりの貧乏人の娘はほとんどが深川の岡場所へ奉公に出ます。いいタマが残っていますかねえ」

大二郎らの会話をきいて新助が、バカにしたように口をはさんだ。

「お二人ともしらばくれなすって。この界隈でべっぴんといえばあの娘しかおりませんよ。ほら、佐野屋の女中のおひさ。死んだ大工の勝五郎の娘ですよ」

「そうだった。あの娘がいた。名前はおひさだったな」

苦笑いして大二郎はうなずきました。

おひさのことが頭にうかんだが、照れくさくて口に出せずにいたのです。

「そうか。あの娘なら、吉原の女衒が目をつけてもふしぎじゃねえな」

亀蔵もいま気づいたような顔でいいました。

「きょうはもう遅い。殺された甚兵衛の伜やおひさの話をきくのはあすにしよう」

自身番を出て三人は帰途につきました。

「女衒っておもしろそうな稼業ですね。おいらもやってみてえや」

歩きながら新助がいいました。

「バカ。てめえ、それでも番所の使用人なのか」

亀蔵に叱られて、新助は首をすくめます。

 

 

あれは二ヶ月前、隅田川の両岸の桜がぼつぼつ散り始めたころでした。

大町大二郎ら三人は夕刻、無事に町廻りを終えて、人でにぎわう両国東広小路にさしかかりました。

とつぜん雑踏の中からいい争う男女の声がきこえました。

数人が怒鳴りあっています。

なんだ、なんだ。たちまち野次馬が声のまわりを取り囲みます。男二人、女二人が向かいあって争論していました。

「なんですかね。ちょっくら見てきます」

亀蔵が野次馬をかきわけていい争う男女に近づいた。

すぐもどるかと思ったが、亀蔵は手間取っています。 やむなく大二郎と新助も様子を見にいきました。

「あ、旦那。こいつらが悪いんでさ。人ごみにまぎれてこの子の尻をつねったんだから」

大二郎を見て亀蔵が苦笑して男たちを指しました。

どちらも三十代らしいの職人風の男です。

「そうなのですよ八丁堀の旦那。うちの看板娘だってのに、遠慮会釈もないんだから。こんなのが町をうろうろしていたら、嫁入り前の娘はおちおち出歩けやしません。自身番でじっくり脂をしぼってやってくださいな」

鼻息荒く言い立てるのは中年の太った女でした。

つれの若い女の顔を見て大二郎は、お、と息をのみました。

冴え冴えとした目鼻立ちの、ふるいつきたいほど美しい娘です。身なりは粗末なのに、町娘らしからぬ気品がそなわっていました。

「これは番所の旦那でっか。わてらなんにも悪いことしてまへんで。えらい目にあったのはわてらのほうだす。ほら鼻血が出てまっしゃろ。ああ痛い」

男の一人が顔を突き出して鼻を指します。

たしかに血が出ていました。言葉遣いからいって上方から来た男なのでしょう。

「なんだ。おまえは佐野屋のおひさちゃんじゃねえか。どうしたんだよ。なにがあったんだ」

新助が器量よしの娘に声をかけました。

女たちは尾上河岸の船宿「佐野屋」の女中でした。年上の女がいうとおり、ひさは評判の器量よしで、そこの看板娘なのです。

騒ぎは上方からきた二人の男の若いほうが、人ごみのなかでひさの尻をつねったために起りました。おどろいたひさが振り向きざま、抱えていた固い風呂敷包みでいたずら男の顔を払ったのです。男は鼻を一撃され、逆上して詫びを求めました。包みのなかは重箱だそうです。

「当たり前だろう。わるさをするからいけないんだ。江戸の女を舐めるんじゃないよ。気風が売り物なんだから」

中年女は金切り声でわめきたてます。

「なにぬかすねん。旦那、江戸では可愛らしい女のお尻をつねったら罪になりまんのか。ちょっと気を引いてみるだけやのに。なんでそれがいけまへんのや」

いたずら男が大二郎に食ってかかりました。

「まあまあ好いやないか。ここは江戸や。大坂と違うことがたくさんある。郷に入ったら郷に従えいうことや」

つれの男がいたずら男をなだめます。

ようやく大二郎は合点がいきました。大坂では町でいい女に出会うと、近づいてその女の尻をつねるのが挨拶代わりだときいたことがあります。おねえちゃん、可愛いな。よかったらうどんでも食いにいかんか。そう声をかける代わりにつねるのです。

女はつねった男が好みの顔ならついてゆくし、人相や態度が気に入らなければ相手にならず足を速めます。つねられたことをべつだん咎め立ててはしません。江戸見物に来た大坂の男たちは、同じ調子でおひさの尻に手をのばし、騒ぎを引き起こしたようです。

「まあこらえてやれ。もとはといえばおまえが大坂流を通そうとしたのが間違いだったんだ。鼻血なんかすぐおさまるよ。でも、これからは気をつけろ。江戸ではうかつに女の尻にさわっちゃいけないんだ」

大二郎は苦笑していいきかせました。

「お兄さん、すみませんでした。はずみでついこれが強く当ってしまって」

ひさが風呂敷包みを抱きしめて頭をさげます。

「そっちが鼻血なら、こっちだって大損したんだよ。重箱の中身はおひさちゃんのお父っつぁんの夕餉なんだから。お前さんの頭にぶつかって、なかの料理がきっと目茶目茶になっちまったよ」

「いいんですよ。お松さん。私のことは」

いいつのる中年女をひさはなだめて

「すみませんでしたね。大坂の風習を知らなかったものですから。ごめんなさいね」

ほほえんでいたずら男をみつめ、頭をさげました。

船宿の女中は客の酒の相手をします。無理をいう客のあしらいかたは心得ているようです。

「そ、そないにしおらしゅう出られると、堪忍せな仕様ないな。ほな、わてらはこれで。えらいお騒がせしました」

大坂の二人の男は大二郎に挨拶して去ってゆきました。

難癖をつけてひさに酌の一つもさせようともくろんでいたのを、あきらめたようです。野次馬も騒ぎがおさまるのを見越してとうに姿を消していました。

「ありがとうございました。佐野屋にもたまにはお運びくださいませ。お待ち申しております」

「おひさちゃん、お急ぎなさいな。お父っつぁんがおなか空かせて待っているからさ」

中年のお松がせき立てたあと、

「この娘(こ)のお父っつぁんはむかし大工の棟梁(とうりょう)だったのだけど、いまは中気で寝たきりなのです。世話をするのがおひさちゃん大変なんですよ」

と大二郎らに説明しました。

舟宿の女中はふつう住み込みですが、父親の面倒を見るためにひさは通いで奉公しているとのことです。いまは客の残り物の料理を重箱につめて、父親の待つ松坂町の長屋へ帰るところでした。

「ぜひとも一度お越しくださいね旦那さま。おひさちゃんにお酌をさせますから」

大二郎の心中を見透かしたようにお松がいいました。

「ああ、旦那は近いうちに釣り船を出してくださるからな。

かならずいくぜ。みんなで」

新助がよけいな口をきいて亀蔵に睨まれています。

 

 

 

殺された女衒の松屋甚兵衛は、新助の見立てどおり、佐野屋の女中のひさに惚れこんでいました。

甚兵衛は昨年の秋、たまたま佐野屋へ立寄ってひさに目をつけたのです。

「あの子なら吉原の花魁(おいらん)になれる。舟宿あたりにくすぶらせておくのは惜しい」

さっそく甚兵衛はおひさの父親勝五郎をたずねたが、にべもなく追い返されたようです。

「痩せても枯れてもおいらは棟梁だ。可愛い娘を郭に売ってまで長生きしたいとは思わねえ。女衒になんか用はねえよ。とっとと帰んな」

そんな調子だったのでしょう。

女房に早く死別したので勝五郎の家族はひさ一人です。

市太郎という大工に彼はひさを嫁がせる気でいました。

市太郎は二十五歳。棟梁時代の勝五郎に仕込まれて一人前になった男です。酒もタバコもやらない実直な若者で、骨身を惜しまずよく働くのを勝五郎は買っていました。深川の大工町で母親と二人、暮らしています。

「市太郎はゆくゆくはおいらの跡継ぎだ。はやく孫の顔が見てえもんだよ」

と勝五郎は公言していました。

自分が寝たきりであるばかりにひさを嫁入りさせることができない。それを気に病んでいたようです。

深川には十箇所ばかりの岡場所があります。ひさの美しさに目をつけた女衒はこれまで何人もいました。彼らは勝五郎のもとへせっせと足を運びました。だが、ことごとく勝五郎に追い返されたのです。この稼業ではもっとも名の通った松屋甚兵衛も例外ではありませんでした。

断られて以来、松屋甚兵衛は月に二、三度客として佐野屋へあらわれ、ひさに酌をさせて吉原入りをすすめたようです。でも、ひさは相手にしませんでした。

ところが大二郎らが大坂の男に絡(から)まれているひさを救ってから、一ヶ月半たって異変が生じました。勝五郎が何度目かの発作を起こして死んだのです。

以来ひさは通いをやめ、住み込みで佐野屋へ奉公するようになりました。

父親の面倒を見る必要はなくなったが、市太郎との婚礼は一周忌がすぎてからにするといっているようです。